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俺は一応ノックして小早川さんの部屋に入った。 「よっ、大丈夫か?」 小早川さんは相当驚いたようだ。 「せっ、先輩!?どうして来たんですか?!」 「どうしてって・・・人として当然だろう。あんな目の前で倒れられたら・・・心配にもなる。普通は。」 「そ、そうですか・・・ありがとうございます。」 小早川さんは顔を赤くした。 何故照れる必要があるのか、俺には理解に苦しむ。 「あ、小早川さん。見舞いの品を持ってきたよ~」 田村さんはそう言って青い袋を取り出した。 「わぁ、ありがとう。開けていいかな?」 「いいよいいよ~。」 小早川さんはにっこり笑って青い袋を開けた。 「・・・本?」 ん?本?見舞いに? 「ああああああ!ごめんっ!そっちじゃないーーー!」 「ひゃぁっ!?」 田村さんは慌てて小早川さんから袋を取り上げた。 「あ、こっちこっち!」 田村さんはもう一つ、違う青い袋を出し、中身を開けた。 「わぁ、手紙だ。」 小早川さんはまたにっこりと笑った。 「・・・手紙か。クラスメートからの寄せ書きとか?」 「その通りっス、先輩。」 「へ~・・・やっぱり、みなみちゃんのは無いか・・・」 「いやー、それは流石に・・・」 そんなやりとりが続いた。 俺はこっそり田村さんに聞いてみた。 (・・・あの間違えたっていう青い袋はなんだったんだ?) 田村さんは華麗にスルーした。 ま、八坂の後輩だしな・・・だいたい予想はつく。 田村さんは何やら呟いている。注意して聞いてみると・・・ (危なかった・・・純粋な小早川さんにBLの本を間違えて渡すなんて・・・一生の不覚!小早川さんなら気絶しかねない・・・アニメイトとそっくりな袋だったからってぇ・・・) そういうことだ。うんうん、分かってた分かってた。 次のページへ
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「あー……ごめん……」 それは私が中学生の頃だった。日の沈みかけた校舎の裏で、私はある男子生徒と向かい合って立っていた。 その人は申し訳なさそうな顔を私に見せ、ばつが悪そうに視線を斜めに落としている。 やっぱりダメだったかー……ある程度予想していたとはいえ、その回答は少しばかり、私の胸を抉る。 「田村さんの気持ちは嬉しいんだけど……俺もうちょっと活発っていうか、今っぽい感じっていうか、 そんな女の子がタイプで、田村さんみたいなオタクっぽい子はちょっとっていうか、うーん……。 田村さんは別に内気でも大人しくもないし、悪い人じゃないんけれど、俺の好みから外れるんだよね」 もうそれ以上言わなくて良いのに。必要以上のことをウダウダと……ダメならダメだけでいいのに。 一世一代の決心で告白した私からすれば、そんなのパンチのシャワーを受けているようなものなのに。 「だからさ、田村さんとは付き合えないんだ。本当にごめんね」 「あっ……うん、いいよ。こっちこそごめんね。迷惑かけちゃって……」 私は精一杯の笑顔をその人に返す。大丈夫、まだしっかり笑えているはず。 「あっ、それとさ、田村さん」 「な、なあに?」 「できれば……どうしても必要なとき以外はもう、俺に話しかけないでほしいんだ」 「どうして? やっぱり私みたいなオタクに話しかけられると……」 「それは……あるっていえばちょっとはあるんだけど、ここに呼び出されたときもみんなに冷やかされてさ、 なんとなく噂になったり、またみんなから変な目で見られたりしたら、ちょっと面倒くさいっていうか」 あーヤバい……パンチのシャワーに飽き足らず、今度は延髄蹴りをまともにくらったような衝撃。 拒絶もここまでくると、私のアイデンティティの崩壊だった。気持ちはわかったから、言葉を選んでおくれ……。 「だからさ、ごめんね」 「ううん! 気にしないで、こっちこそごめんね。でも、クラスメートとしては、これからもよろしくね」 「うん……あっ、俺もう行かないといけないからさ。じゃあね、田村さん」 言うだけ言うと彼は私の前から去った。言うだけ言ったのは私も同じなんだけれど。一人取り残される私。 フラれるショックは遅効性らしい。今になって、彼の言葉から受けた傷は私の全身を這ってズキズキと痛み出す。 「やっぱりオタクはダメかあー、ダメだよねぇ~……そりゃ、休み時間に漫画読んだり描いたりするような娘より、 楽しいおしゃべりが大好きで、化粧も似合っておしゃれで、流行に敏感で、色恋の話に夢中な女の子が可愛いよね~。 私だってそんな女の子を主役に漫画を描きたいものだしねー、オタクなんてこう、萌えとしての魅力に欠いてるし……」 周りに聞こえるか聞こえないかほどの声で独り言を口にする私。あ、今の私は最高にオタクっぽい。 告白するまでの間、私は自慢の妄想癖で、彼と付き合ったらどんなデートをするんだろう、彼はどんな顔を見せてくれるんだろう、 暢気にも都合よく、そんな幸せな未来をただただ考えていた。その分、今の自分の姿に死ぬほどの恥ずかしさを感じている。 「よーし、今日から二次元に生きるぞ! あっ、このフラれかたは今度のネタに使えるかもしれない! スポーツ少年に片思いするオタク少年、このBLは絶対に受ける! でもハッピーエンドにしなきゃ……」 少しばかり声が震えていたのは気にしない。今の自分を納得させるつもりで、口にするしかなかった言葉だから。 私の恋は見事に散って、それは私の妄想癖を尚更強くさせることになった。妄想はいい。傷付かないし、楽だから。 もうしばらく恋愛はないな、と考えた。今までもなかったんだけど。私は恋愛なんて、他人で妄想しておけばいいのだ。 * 「田村さーん、迎えにきたよ」 アニ研部室の扉が開いて、そこに現われたのは二人の女の子。私の友達の小早川ゆたかと岩崎みなみだった。 今日は三人で帰る予定を組んでいたため、二人は私を迎えに来たのだった。時刻は五時半を差している。 「おい、ひよりん。友達が迎えにきたよ。さっさとその原稿、ベタ塗っちゃえよ。あともうちょっとでしょ?」 「……」 「聞いてんの、ひよりん。ボーっとするなって。ひよりん、ひよりーん、ひーよーりーん」 「あっ……はい!」 遠くにあった意識が引き戻される。同時に、私の身体がびくんとはねて、その拍子で肘がインクにぶつかってしまい……。 「てっ……ぎゃー!」 「うわ、原稿が!」 「大丈夫? 田村さん!」 「……いえ、ゲームオーバーデス」 ベタ塗りとトーン貼りを残すだけだった私の原稿は、こぼれたインクによってただの黒い紙へと変貌していた。 小早川さんと岩崎さんが、床と机にこぼれたインクの処理を手伝ってくれた。私は原型なき原稿を泣く泣く捨てる。 「これは……やっちゃったな、ひよりん」 「わ、私の1ヶ月の努力の結晶が……」 「描き直すしかないね。しかも三日で。ストーリーもコマ割も覚えているんでしょ? 寝ないでやればなんとかなる」 「うう……また健康に悪い生活が始まるんですね」 「同人誌描きなんて元々健康に悪いだろ。それよりもひよりん。さいきんちょっと気が抜けてるんじゃないの」 「そ、そんなことはないですよ。きちんと寝てないからかな?」 「それで原稿が進んでいるなら別にかまわないんだけど、今回はいいペースだったのにこれで全部振り出し」 「す、すみません」 「やっぱり最近、気が抜けてるよね。なんか悩みでもあるんじゃない?」 「そういえば田村さん、最近教室でもぼーっとしてること多いよ?」 口を挟んできたのは小早川さんだ。どうやら呆けた私を見られていたらしい。岩崎さんもうんうんと頷く。 「悩みがあるというか……なにかずっと、別の考え事をしているというか……思いつめた感じじゃなくて」 さすがは岩崎さんだ。能面の割には鋭い。頼れる友達ではあるんだろう。 「それは、ネタについて考えているんスよ~」 「完成間近の漫画描きながら考えているんだ? ひよりんはいつからそんなに器用になったのかな?」 私の煮え切らない返答に、こうちゃん先輩が少しイラついている。 しかし、言えるはずかない。私のその頭の中を、最近ずっと占領しているものの正体など……。 「田村さん……何か悩みがあるんだったら、私達に話してほしいな? 力になれないかもしれないケド」 「私も……力になりたい」 「みなみちゃんは頼り甲斐があるから、私もついつい甘えちゃうんだよね。ちょっとわきまえないとって思うんだけど」 「そんなことない……ゆたかが甘えたいなら、私はいつでもそうしてほしい」 「ほ、ほんと? えへへ……ありがとう、みなみちゃん」 「ほら、ひよりんの大好きな百合の花が今まさに咲き乱れてますぞ? 妄想が止ま……ら……ひよりん?」 「……ふぇっ? あ、はい」 「こりゃダメだ……」 私はまた、忘却の彼方にいたらしい。目の前には飽きれた様子のこうちゃん先輩と、にこやかな百合カップル。 心配してくれるのは本当に有難いのだけれど、おそらく相談しても埒があかない。私がそう判断してるだけなんだけど。 こんな私がどう口に出来るんだろう。『実は片思いをしてるんです』だなんて。 * (うー……なんでこんなときに始まっちゃうかなあ……) 今から1ヶ月前の放課後。窓から差す西日を浴びながら、私はトイレから教室へと戻るところだった。 今日は部活があるから、と小早川さんと岩崎さんが二人で帰っていくのを見送った私は、そのまま部室へ。 部活動が終わり、誰もいない教室に戻ったんだけれど、そのときふっと、原稿のいいアイデアが思いついた。 (これは……忘れないうちに描き止めておかなければ!) 次のイベントで出展する予定の、深夜アニメのBL本のアイデアだった。 美少年二人が出てくるその深夜アニメはロボットやら戦争やらの要素も含まれていて、オタク界隈で絶大な人気があった。 私もご多分に漏れずハマッてしまい、しかも即原稿にしようといきり立っていて、少しばかり無理なスケジュールを組み、 睡眠時間は極僅か、食事も非常にバランスが悪く、いつものことながらここ半月は不健康極まりない生活を送っていた。 そのせいで今に至る。私以外に人気が無い教室でノートに向かい必死に筆を走らせていると、下腹部に急激な鈍痛。 (ここんところずっと不摂生が続いていたから、ホルモンバランス崩れちゃったんだなー……) いつもとはだいぶずれた周期で、生理が始まってしまった。筆を止めて、私は急いでトイレへと駆け出した。 こういうこともあると、ナプキンを常備していてよかった。その道の先輩達から常々聞かされていた話だった。 用を済ませた私は廊下を歩く。本当は走りたいのだけれど、そんなわけにもいかない。 (鞄もノートも全部、教室に置いたままだ……それを取ったら今日は大人しく家に帰って……ん? ノート?) そこで、私の顔面が蒼白する。トイレに向かおうと思ったときの私の姿が、脳内でプレイバックされた。 (……ノート開きっぱなしで、そのままだー!!!!!!!!) 私は焦りを隠せずに、走るべしと足を前に出した。しかし鈍痛を受けてすぐにぴたりと止まってしまった。 (ヤバい! あれを誰かに見られたら恥ずかしすぎて死ぬ! しかもよりによって激しいセクロスシーンだし! オタク仲間に見られるならいいけど、クラスメートはみんなパンピーだし……頼むから誰も教室にいませんように!) 身体の不調とすぐに教室に向かいたい焦りとで、私の身体と心が格闘している。気持ちだけ足早に現場へと向かう。 教室まであと数メートル。耳にこだまするのは校庭で汗を流す野球部員の声。それに紛れて聞こえるのは……。 誰かいる。私は教室には入らず、扉に背をつけたまま、聞き耳を立てる。 「でさー、あれがめっちゃ臭いんだよ」 クラスの男子の声だ。声の数からすると、4~5人はいる。しかもこの声は、クラスでもちょっと問題のある者達だ。 「それは臭そうだなー……って、あれ? これなんだ?」 「田村の机にノートが……なんか描いてあんぜ。あれ、これ絵じゃね?」 私の身体に電流のような衝撃が走る。……見られた! よりによって一番最悪なところを。クラスの男子に。 「えっ、マジ? 田村っていっつも何か描いてんだよな。アニメっぽいの。いわゆるオタクってやつ?」 「あーあー、でも何描いてるのかわかんないんだよな。あれじゃん、萌え~とか、そういうの」 「でもあれって男とかそういうのがやるんだろ? 女がやるのかな?」 「あれだよ、なんか『ふじょし』とかなんとか。女のオタクってやつ。テレビでやってたんだけど」 「お前詳しいな~、本当はオタクなんじゃん?」 「バカ、それよりもこの絵、ちょっと見てみろよ」 やめて……! そこまで喉に出かかっていたけれど、私は身がすくんで何もできなかった。 どういう精神をしてるんだろう。いくら開きっぱなしだとはいえ、人のノートを勝手に見るだなんて。 いや、開きっぱなしのまま放置していた私も十分悪いんだけれど……いや、責任の所在はこの際どうでもよかった。 「これ……男だよな。男同士でやってんだよな?」 「うえっ、マジかよ! 気持ち悪いな! 田村こんなの描いてんの!?」 羞恥が私を襲う。その場から逃げ出したかったけれど、どこかに隠れたいままの身体は震えるだけで動かない。 確か割と頭の良い学校のはずだった。なのにどうしてこんなに品性のない生徒がいるんだろうか。 自分の頭を掴み、ただ必死に時が過ぎるのを待った。その間にも、男子達の容赦無い言葉は続く。 「このページなんかすげえぞ。男二人で丸出し。キスまでしやがってる」 「うわー、キッツいな~。田村って生で実物見たことあるんじゃないの」 「まさか、田村だぜ? それにしたってなにが面白いのかな、こんなの」 「ほんとほんと。キモいだけだよな」 キモいと言われるのは仕方なかった。私もこの道に走るまではそう思っていたクチで、初めて読んだ時もそうだったし、 むしろ普通の感性ならそう思って当たり前なわけで……。それも、男子とBLは非常に相性が悪い。 「でも、田村のやつこんなのを毎日描いてたのかよ」 「しかも描いてる間、たまにニヤニヤしたり、怒ったような顔したりするんだよな」 「おいおい、田村ってちょっと……キモくないか?」 脳天を金槌で殴られたような衝撃だった。私も女の子なんだし、作品がキモいと言われるのは我慢できるけれど、 自分がキモいと言われる事は我慢できるはずがない。たしかにこの道を歩いていれば、幾度となくそういう事態はある。 でもやっぱり、慣れなかった。しかもクラスの男子に、複数に、笑われながら言われたとなると殊更に響く。 私は下唇を噛んだ。もうこれ以上はどう笑われても一緒。お願いだから、時間よ早く過ぎてと祈るしかできなかった。 「おい、そろそろ6時超えるぞ」 「マジで? 超ヤベェじゃん。早くゲーセンいかなきゃ」 もう教室から聞こえる会話が、私には聞こえていなかった。何を話していたかわからない。 ただ男子達が教室から出る音がしたから、私はさっと身を隠した。ようやく嵐は過ぎ去ってくれたのだ。 (やっぱり……リアルの男子なんて最低っスね……) 私は目尻にわずかに浮かんだ涙を拭くと、教室へと足を踏み入れた。ようやく、誰もいなくなった教室……のはずだった。 教室の真中には、ひとりの男子が立っていた。私は思わず声をあげそうになったけれど、なんとか堪えてみせる。 「あ、田村さん……」 (なっ、なんで!? なんで人がいるの!? たしか彼は――) 混乱で一瞬迷ったけれど、名前はきちんと思い出せた。たしか成績は上位の真面目な男子だ。さっきの奴等とは違う。 不意打ちだった。完全に気が緩んでいた。私はあの男子達が出てすぐに教室に入ったから、彼は最初からずっといたんだろう。 「田村さん……もしかしてさっきのやつらの話、聞いてた?」 「へ……ううん! 聞いてないよ! 全っ然聞いてない!」 心配そうに聞いてくる彼に、私は必死な形相で返した。かえって怪しまれたかもしれない。 「そ、それよりどうしてこんなところに……」 「え……忘れ物を取りに来ただけなんだけど……」 「あっ、そ、そうだよねー。私も忘れ物取りに来たんだ」 「それって、これのこと……」 「えっ、あ……!」 差し出された彼の手には、私のノートがあった。見慣れたピンクの表紙にはしっかりと『田村ひより』。 私はそれを奪い取るように取ると、急いで鞄にしまった。焦りのせいで、少しばかりまごついてしまったけれど。 「あ、あの……中、見た?」 「う、うん……あっ、実際に手にとって見たんじゃなくて、見えちゃったっていうか……。開きっぱなしだから……。 あいつら、そのノート見た後に教卓の上に投げ出していったから、田村さんが来る前に机に戻そうかと思って……」 やっぱり真面目な人だった。さっきの奴等とは違うらしい。見えちゃったのは私の責任だし、それは仕方ない。 どのみち見られていなくても、あの男子達の会話を聞いていれば、ノートの中身は彼に知られているところだし……。 それよりも、こんな羞恥責めはもう終わったものだと思ったのに、こんな真面目な人にすら見られてしまうなんて……。 「そ、その……田村さんって、ああいう絵を描いていたんだね。ちょっと気になってたんだ」 「う、うん。あはは、気持ち悪いよね。ごめんね、お見苦しいものを見せちゃって」 できればそれには触れず、もう私を放置してもらいたいものだった。彼はそんな私の気持ちに気付いていない。 「たしかにちょっとびっくりしちゃったかな……ああいうのがあったなんて知らなかったし。でも、いいんじゃないかな」 「えっ?」 彼はその場を繕うようなものじゃない笑顔で、そう答えた。拒絶されるものだと思っていたので、その返答には私は虚を突かれた。 「で、でも、気持ち悪くない?」 「絵を描いてるときの田村さんって、すごく楽しそうだし。僕にはわからない世界だけど、楽しいならそれでいいしね。 それに、たまに田村さんの表情がコロコロ変わるのが面白いっていうか……あっ、そんなこと言われても困っちゃうか」 私はしばらく反応に困り、少しの沈黙のあとに顔を赤面させた。それは、さっきとは種類の違う恥ずかしさだった。 「そ、そんなに顔変えちゃってるかなー……これまたお恥ずかしい……」 「結構変えちゃってるよ。そんなに楽しいのかな、何を描いてるのかなって前から知りたかったんだ。聞くには気が引けちゃうし。 あ、そんなにじろじろ田村さんの顔を見ちゃってるわけじゃないよ! ただ、楽しそうな田村さんは見てて和むっていうか……」 そんな彼の様子を見ていて、気がつけば私はクスッと笑っていた。彼もまた、恥ずかしそうな顔をしている。 彼は言い訳をするたびに、その弁明に言い訳をする。私を見てて和む? たしか絵を描いている間は百面相だけど……。 ただひとつわかるのは、彼の話を聞いているうちに、さっきまでの沈んだ気持ちが少しづつ和らいでいったことだった。 異性と話をして、こんなに楽しいのは久しぶりだった。たいていはオタクっていうだけで、同性からも拒絶されることもある。 「まあ私の絵なんて、人様に簡単に見せちゃっていい種類じゃないからね。あっ、決して偉そうな意味じゃないよ?」 本当は本になって何百人の人に読まれちゃってます、なんて言わない。彼の常識の世界では、非常にややこしくなるから。 「そうだね……あっと、さっきのノートに描いてあった絵だけどさ。あれってもしかして深夜にやってるアニメのキャラ?」 「そ、そうだけど……知ってるの?」 「うん。こないだ夜更かししたときにたまたまテレビでやってるのを見たんだけど……ストーリーが面白くて、つい毎週ね。 アニメなんてディ○ニーとかジ○リぐらいしか知らないけど、あれは面白いよね。話がよく練り込んであって。 キャラクターは名前が長くて、ちょっと覚えきれないんだけど……ルルーシュなんとかとか、田村さんもあれ、好きなんだ?」 好きなんてものじゃありません。今一番愛してます。 「そうだよね! やっぱり面白いよね! 私も放送前からすっごい期待してたんだけど、キャラデザの人がすっごい好きで、 声優が発表されたときは結構テンションあがっちゃって、あーでも、設定とかちょっと釣ってるなって気がしたんだけど、 でもサントラとかドラマCD聴いてるとそんなことどうでもよくなっちゃって、男キャラだけじゃなく女の子も可愛いし、 こないだの回なんかめっちゃ熱かったっスよね! 勢いで録画したやつそのまますぐ見返しちゃったりして……って……」 はっと我に気付いたときは、ちょっと戸惑っている彼の顔。自分の気持ちいい話に熱くなるのが、いつの時代もオタクの性分。 やっちまったー!!!!!!!!!!と思った私は、パンピーとの壁を痛感しつつ、自身のKYっぷりを呪った。 「ご、ごめんね……ひとりで熱くなっちゃって……」 「ううん……やっぱり田村さんって面白いね」 「お、面白い? 私が?」 見世物的な意味? 「絵を描いてるときもそうだけど、田村さんは好きなことをしてるときの顔が一番かわ……イキイキしてるよ」 顔が熱い。男子からそんな臭いセリフを言われた事なんかなかった。言った側もちょっと恥ずかしそうだし。何この甘い空気。 私は口に出して「あうあう」とか言いそうになった。そんな萌えっ娘的なセリフ、私が言っちゃダメだ! ていうかリアルで言うな! 「その……田村さんが描いている絵って、全部ああいう種類なの?」 「ううん! もっと色々、女の子とか、動物(ケモショタ)とか、ロボット(メイド)とかも描いてるよ。あとは風景(背景)とか」 「へえ、そうなんだ。あの……田村さんさえよかったら、今度別のを見せてくれないかな?」 「べ、別の!?」 「あ、田村さんさえよかったらなんだけど……や、やっぱりダメだよね。ごめんね」 「う、ううん! あんまり見ても面白くないと思うケド……明日、明日持ってくるね」 どのみち色んな人に見せてきたのだから、いまさら一人増えたって問題は無かった。だけど、なぜかしら恥ずかしい。 でもそれ以上の戸惑いは、彼がそのとき見せてくれた笑顔が、その日一日中忘れられなかったことだった。 翌日、ノーマルな方に見せても大丈夫なイラストだけを厳選して彼に見せた。周りから好奇の目で見られたくないから、こっそり渡す。 たしかに私はいままでたくさんのイラストを描いて、たくさんの本を読まれて、その度に読み手の反応を伺ってきたんだけれど。 なぜ今日はこんなに、相手の反応が気になるんだろう。相手の評価が気になるんだろう。ここまでの緊張は久しぶりだった。 何より、彼に絵を見てもらうことがすごく嬉しかった。大丈夫な絵を選んでいるとはいえ、もっと見てほしい気持ちが生まれる。 その日の放課後、彼は絵を私に返すと、「すっごく上手だし、すっごく可愛かったよ」と言ってくれた。見せたのは女の子のイラスト。 他のサークルの絵師さんから言われるよりも、八坂先輩から太鼓判を押されるよりも、シンプルなのに遥かに嬉しい言葉だった。 絵の詳細を聞かれると、また私は元の作品について暴走気味に語りだし、自己嫌悪になる。微笑む彼はそのあと、こう口にした。 「田村さん……今日、一緒に帰らない?」 * 「こうして田村さんと一緒に帰るの、久しぶりだねー」 小早川さんがそう言うと、岩崎さんはうんうんと頷く。私は三人肩をならべて、通学路を歩いている。 ここのところほぼ毎日、私は部活が長引く日と原稿に切羽詰っている日を除いて、あの彼と二人で帰っていた。 二人きりの帰り道で話すのは、世間話とアニメの話、彼は時々ついてこれなくなるけど、私がなんとか簡単に説明する。 オタク用語までは間違っても口にはしないけど、彼もそれなりの知識が付いてきているようだった。私が彼を染めていくのかな……。 そのため彼は私が本を出していることも知っていたし、実際に読ませたこともあった。もちろんノーマルな作品なんだけれど。 もしかして無理に付き合わせちゃっているのかな?とも思ったけれど、彼が私の話に相槌を打つ姿を見るのは止められない。 オタク仲間の間でしか通じなかった私の話に、彼が微笑むたびに私の胸がズキンと疼く。アニメキャラへの萌えとは違う情熱。 (ああ……私、この人のこと好きなんだぁ……) そう気付いたのに時間はかからなかった。彼のことを思い出すたびに、原稿を描く手が止まり、八坂先輩に怒られる。 まさか自分がまた、こんな風に恋をするとは思ってなかった。中学の失恋は、私が能動的なオタクでいることに拍車をかけた。 下手に隠すよりは露骨にしていた方が、誰かに気味悪がられずに済むし、失恋の痛手を忘れるのも早くなるからだった。 気味悪がられないなんてことはなかったんだけど、少なくとも傷付く事はぐっと少なくなった。開き直ればいいこともある。 ただ、オープンにすればする分に、色恋からは遠ざかる。受け入れてくれる相手というのは、なかなか難しいものだった。 私は出来る限り、自分の行為を彼に悟られない様に気をつけた。そのためにちょっと過剰にオタクらしさをみせることもあった。 オタクであることを受け入れてくれるのと、好きでいてくれるのは違う。私はただ、彼と歩きながら話せるだけで十分だったから。 今日だって、彼が家の用事があると言わなければ、きっと二人で帰っていた。小早川さん岩崎さんと帰ったのはたまたまだった。 それが、二人に対して申し訳無かった。こうして大切な友達と笑いながら話してる今でも、私は彼のことを考えているから……。 「田村さん、最近忙しいからねー。漫画の方は順調なの?」 「えっ、うん……と言いたいけど、今日はあの惨事なもので」 いつもの十字路で、私達は別れた。二人とも、私と離れた途端手なんか繋いでやがる。あそこまで仲良かったっけ? 萌え死ぬけど。 ひとりで家に向かう路、彼のことを考えた。できればああして私も、手なんか繋ぎたい。それはやっぱり難しいのかな? * 翌日、私は家で超特急で原稿を仕上げないといけないというのに、その誘惑に耐えきれず、またも彼と二人で帰った。 私達は、というか私が、出来る限り人気を避けた道を通るように歩こうとしていた。誰かに見られて噂になりたくないからだった。 それは私のためではなく、彼のためなんだけれど。私と噂になって彼が困る姿を、自分のためにも見たくないしね……。 「田村さん、原稿は大丈夫なの?」 「うん、実は結構余裕できちゃって。いつもは追い詰められちゃってるんだけどね」 嘘です。本当は1日だって余裕はありません。こうちゃん先輩ごめんなさい。 「それならよかった……今度はどんな作品なの?」 「えと……あの深夜アニメのやつだよ。その……あのノートの中身みたいな……」 「そ、そうなんだ……」 ちょっとだけ気まずくなる。だけど、決して居心地の悪い気まずさではなかった。彼はどう思っているかわからないけど。 気まずいのも楽しいだなんて、私はつくづくこの人が好きなんだなーと思う。どんなキャラにもここまで熱くなったことはない。 そもそもアニメキャラと彼を比べる事自体間違いだとは思うけどね。でも、私が骨抜きになってしまうなんて……。 なんだろう、別に好きな属性にあてはまるわけでも、タイプの男の子なわけでもないのに、ていうか私が三次元相手に。 「で、でもー……その手のものも慣れちゃえば案外抵抗無くなっちゃうんだよね。ホラー映画みたいなもの……って、違うね。 私も昔は読む事だって恥ずかしかったけど、今じゃすっかり描いちゃう立場だし。朱に交われば赤くなるっていうか」 そういって私は、ペンを動かすジェスチャーをする。彼はそれを見てピンときたようだった。 「前から思ってたんだけど……田村さんって左利き?」 「ん? そうだよー。ていうか全体的にこの漫画のキャラは左利き多いよね」 「この漫画?」 「いや、忘れて。この左手はねー、何よりも大事な左手なんだよね。神の左手、とかいって。ペンだこだらけだけどね」 そういって私は左の手のひらを広げて彼に見せる。小さなペンだこが二つ三つと姿を見せる。 途端、自分の失策に気付いた。しまった、私は女の子なんだから、逆に手が綺麗なところを見せるべきじゃなかったのか! 何を簡単にペンだこなんか見せているのか……女であることを忘れてたか……私はさっと左手を引こうとした。 すると、彼の手が私のペンだこに触れていた。彼の行動に、私の身体は硬直する。彼の手が、私の手に触れて……! 「へえ、ぺんだこって結構固いんだね。これは、田村さんの勲章みたいなものだね」 「く、勲章……? た、ただの汚いぺんだこっスよ……? ていうか、手……」 「あっ、ご、ごめん……」 彼もまた私と同じように、さっと手を引いた。しばらく二人は沈黙していたけれど、やがて彼が口を開いた。 「神の左手に、簡単に触っちゃったね……」 「えっ、うん。でも……あなたなら……」 「うん?」 「な、何でもないっス……」 手に残る彼の感触を思い出すように、私は自分の手に触れた。細い指に不似合いな固い突起。 私のペンだこ、彼は褒めてくれた。どうみてもただの汚いペンだこなのに……。 「田村さんは、どうして僕と一緒に帰ってくれるの?」 「うーん……だって、楽しいし……今こうしてるのが、し」 「し?」 「幸せだから……?」 バカか私は。何を自然に恥ずかしい会話をしてるんだか。私は今ロマンティックな漫画でも描いているのか? 「田村さん」 「は、はい」 「今から真剣な話をするから、落ち着いて聞いてくれる?」 彼は足を止めて、私の肩を掴む。「う、うん……」と答えると、私はピンと背を伸ばした。彼の目が、私を見つめる。 「僕、田村さんのこと好きなんだ。よかったら、僕と付き合ってくれないかな――」 恋するひより・中編に続く コメントフォーム 名前 コメント この漫画のキャラってwwwひよりん自重しようよwww -- オビ下チェックは基本 (2009-05-24 22 05 42)
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みなみ「あの、田村さん…」 ゆたか「けほ、けほっ!」 みなみ「!ゆたか…?」 ひより「どうしたの?」 ゆたか「ちょっと…喉痛くて…」 みなみ「大丈夫…?保健室行こうか…」 ひより「なら私m」 ゆたか「うん…みなみちゃん」
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田村ひよりは朝から胸を躍らせていた。 今年も「その日」が訪れたからだ。 もっとも、ひよりがそのことで盛り上がっていたのは今年が初めてだったのだが。 その名をバレンタインデー。日本限定だが、女が男にチョコレートを贈り、思いを伝えるという、大多数の男には忌まわしい悪習としか思えない行事である。 実はひよりには特に意中の相手がいるわけではない。彼女は思い人が二次元世界の住人――と言っても通用してしまうほどのオタクである。 オタクの中には、キャラクター同士に恋愛をさせる者もいる。ひよりもその一人だが、彼女の場合は異性同士では飽き足らず、同性同士(男女不問)で恋愛させる、いわゆる腐女子と呼ばれるタイプだ。 そしてその毒牙は常に親友たちに向けられていた。 親友の名前は小早川ゆたかと岩崎みなみ。二人のあまりの親密ぶりを見て、密かにこの二人をネタにした百合の同人誌をいくつか手がけたりしている。ひよりのこの日のテンションが異常に高かったのも当然の結果だった。 放課後。 「みなみちゃん、これ」 その言葉をひよりは聞き逃さなかった。 その方向を見れば、果たしてゆたかが、みなみにチョコレートを渡す瞬間であった。 ついにひよりが待ち望んでいた「その時」が来た。 (長かった……今か今かと待ち望んだこの瞬間が!) この光景を前にひよりの創作意欲は大いにかきたてられた。 そうやって妄想を繰り広げながら、次に目にした場面にひよりは首をかしげた。 今度はゆたかが留学生のパトリシア(通称・パティ)にチョコレートを配っていたのである。 ひより、ゆたか、みなみ、パティの四人はよく一緒にいるが、これは一体……。 (ま、ま、まさか、小早川さん、二股を!?) ひよりの脳裏をまたしても妄想がよぎった。妄想の激しさに我を忘れたひよりは、ゆたかが声をかけるまで、ゆたかが近づいてくることに気づかなかった。 「田村さん、はい」 ゆたかの声に一度現実にひき戻されたが、目の前に差し出されたチョコレートを見て、ひよりは限界に達した。 (こ、こ、こ、小早川さん、私にまでー!? 私はどうすりゃいいのー!?) 他人の恋愛を眺める立場にいるつもりが、自分が当事者となる予想の斜め上すぎる展開。目の前に突然、宇宙人、未来人、超能力者が現れるのと同じくらいの驚きかもしれない。 だが、このまま動揺していても話は先に進まない。 意を決して、ひよりは尋ねた。 「小早川さん、これは……?」 「みなみちゃんもパティちゃんも田村さんもいつも友達でいてくれてるでしょ? だから感謝の印にと思って」 満面の笑みを浮かべてゆたかは答えた。 ひよりは呆気にとられた。全ては自分の思い込みだったのだ。 (ああ、私のお馬鹿ぁ……) 穴があったら入りたいところだった。 「田村さん?」 ゆたかが間一髪のところでひよりが穴に入るの防いだ。そしてゆたかに礼を言うように自分に言い聞かせた。 「え? あ、えーと、ありがとう」 「どういたしまして」 もう一度ゆたかは笑顔をひよりに向けた。 帰り道の途中、ひよりは考え事をしていた。あくまでも妄想ではなく考え事である。 (結局小早川さんと岩崎さんのラブラブは見られなかった。でも、小早川さんの真心が込められたチョコ……うん、やっぱりうれしい。これからも小早川さんたちと友達……ふふふ) そう思いを馳せつつも、 (それにしても、私をあそこまで驚かせるとはさすが小早川さん。ひょっとして小悪魔の素質が……博愛主義な小悪魔、すると岩崎さんは……) やはりひよりはひよりのようだ。
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sideゆたか ジリリリリリリリリリリリリ! 「う…ん…ふあぁ、もう朝か…」 何だか少し眠り足らない気分で私は目覚めた。 「もう朝よー、起きなさーい!」 下でどこかで聞いたような女性の声が聞こえた。私は急いでベットから飛び起き、そして自分の部屋に立った…? 「あれ?」 ふと私に妙な違和感が襲い掛かった。私の部屋じゃないような… そこが私の部屋じゃなくて、私の親友みなみちゃんの部屋だと気づいて、私は驚いた。 確かに昨日はみなみちゃんとここで遊んだけど、私は家に帰ったのに… 「…私何でみなみちゃんの部屋に…?あれ?」 私はそこでもう1つの違和感に気づいた。 「何だかいつもより目線が高いような…」 いつもなら私が見上げなければ見えないものが、今では私と同じ高さだった。身長が伸びたのかなぁ…。 とりあえず私は部屋を出てリビングにむかってみることにした。 「おはよう」 リビングにはみなみちゃんのお母さんがいた。 「あ、おはようございます」 私は笑顔でそう返した。…あれ?みなみちゃんのお母さんが少しびっくりしたような顔つきになってるんだけど…。 私何か変なこと言っちゃったかな… 「どうしたの、みなみ?口調が変よ」 え?みなみ?私はゆたかなんですけど…と言おうとたが、嫌な感じがしたのでやめておいた。私は顔を洗いに洗面所へむかい、そこで鏡を見た。 「え…あれ…私が…み、みなみちゃんになってる!!!」 私は驚きのあまり大きな声を出していた。 sideみなみ 「…あれ?ここはゆたかの部屋…どうして…?」 私の朝一番はこの奇妙な言葉から始まることになった。とりあえずベットから起き上がり周りを確認してみる。 …やっぱりゆたかの部屋だ…。私、昨日は自分の部屋で寝たはずなのに。 「ゆーちゃーん!ご飯できてるよー!」 下から泉先輩の声が聞こえた。…ゆーちゃん? 私は部屋を出て辺りを見回したがゆたかの姿はなかった。それにしてもゆたかの部屋のドアノブってあんなに高かったっけ? 私は泉先輩の声がする方へと足を進め、リビングについた。そこには泉先輩の父親であるそうじろうさんがいた。 …なにがおかしくてそんなにニヤニヤしてるんだろう…? 「ゆーちゃんが寝坊なんて珍しいね~」 泉先輩が話しかけてきた。…え?ゆーちゃん?私はみなみなんですけど………もしかして! 「え?ちょっとゆーちゃんどうしたの!?」 「トイレなんじゃなのか?」 「お父さん無神経すぎだよ」 そんな泉家二人の会話が聞こえた。 私は急いで洗面所に向かい、自分の姿を鏡で見てみた。 「……え?私がゆたかに、ゆたかになってる…」 私は茫然自失になった。 結局その後、私はリビングに戻らず部屋でゆたかの携帯から自分の携帯に電話をかけてみることにした。 …まさか自分の携帯に電話することになるとは… ゆたかの電話帳から自分の名前を探して電話した。それにしても自分電話番号って案外覚えていないものだ。 電話を耳に近づけて、少し待ってみる。すると 「ただいま、電話に出ることができません」 今の私にとってはまさに非常な通告が私の耳を貫いた。 「ゆーちゃ-ん!大丈夫!?」 リビングから泉先輩の声が聞こえた。とりあえず怪しまれない為にも私はリビングへと足を運んだ。 sideゆたか 「う~、どうしよう、やっぱり誰も出ないや」 私がみなみちゃんの家の洗面所で大声を上げた後、みなみちゃんのお母さんが心配して来てくれた。 私はなんとかごまかして、今みなみちゃんの部屋でみなみちゃんの携帯から私の携帯に電話してみたけど 「電話に出ることができません」と返ってきた。 「…どうしよう、みなみちゃん大丈夫かな」 私は今私が使っている体の本来の持ち主であるみなみちゃんのことを思い浮かべた。みなみちゃん今頃どうしてるんだろう…。 …もしかしたら私の体の中にいるのかも…。ううん、そうに違いないよ。 「みなみー、もう出ないと遅刻するわよー」 部屋の外からみなみちゃんのお母さんが呼んでいる。…今はとにかく学校に行こう、そうすればみなみちゃんにも会えるかもしれない。 そう考えた私は急いで制服に着替えて家を飛び出した。 …あ、朝ごはん忘れてた… sideみなみ 私はとにかく学校に行ってみることにした。どうして私がゆたかの体になっているのかはわからなかったが、 学校に行けばゆたかに会えるかもしれない。そこで相談してみようと思ったからだ。 私は急いで制服に着替えて、失礼だけどかばんの中身を確認し今日の時間割どおりに教科書を入れようとしたが、 やっぱりゆたかは前日に用意を済ませていた。それにしてもゆたかの制服って体の大きさから考えて少し大きいような…。 私はかばんを持って部屋を出て玄関で靴を履き替えようとした。 「ゆーちゃん、一緒に学校行くからちょっと待って」 泉先輩が私を呼び止めた。正直こんな状態であまり人と接したくない。 「すみません、私今日は学校に用事があるので先に行きます…あ…」 気づいたときにはもう遅い。泉先輩はまたしても心配そうに私に近づいてきた。…目線が一緒だ…。 「ゆーちゃん、今日は何か変だよ、どうかしたの?」 そう言いながら泉先輩は私のおでこに自分のおでこをくっつけた。…何だか恥ずかしい。 それにしてもこういう風に熱を測られるのは久しぶりだった。昔はよくお母さんやみゆきさんにやってもらったりしていたが、 今ではそんなことはしていない。さすがに恥ずかしい…。 「ん~、熱はないみたいだね」 私のおでこから泉先輩のおでこが離れた。何だか寂しい…。 私は赤くなっているであろう顔を先輩から少し背けて、ゆたかの口調で、 「だ、大丈夫だよ、いず…お姉ちゃん…」 危ない危ない、一瞬泉先輩って言いかけてしまった。あ…また泉先輩が何か言いかけてる。 私はいってきますと言って急いで家を飛び出した。すると後ろから 「ゆーちゃん、自転車乗らなきゃ!」 私は一旦家に戻って先輩から鍵を渡してもらった。 sideゆたか 「まだかな…」 私が学校に着いたのは予鈴の35分前だった。 学校に着いた私はとりあえず正門で自分の体を待ってみることにした。 すると「ヴヴヴヴヴヴヴヴ」 と携帯のバイブ音が聞こえた。とっさに私は自分の…じゃなかった、えっとみなみちゃんの携帯を手にとって液晶に表示された名前を見てすぐに電話に出た。 「もしもし」 電話の向こうからは私の声が聞こえた。 「もしもし」 私は驚いたが一応私も返事をしてみた。…少しの沈黙、そして… 「あなたはだれなんですか?」「あなたはだれなんですか?」 一字一句同じ言葉を同時に話してしまいまた沈黙。 今度は私が 「えっと、あなたは誰なんですか?私は小早川ゆたかですけど」 私は自分の声に向かって聞いてみた。すると… 「ゆたか!よかった、大丈夫!?」 「やっぱり、みなみちゃんだね。よかった」 私は心底安心した。みなみちゃん無事だったんだ。…無事…? 「ねえ、みなみちゃん、もしかして今私の体の中にいるの?」 私は恐る恐る聞いてみた。返答は予想通り 「…うん」 やっぱり…。 「朝起きたらゆたかの家にいて、鏡を見たらゆたかになってた」 「私と一緒だよ。私も今みなみちゃんだもん」 それにしてもなんでこんなことになったんだろう。 「私もわからない。とにかくこのことはあまり人に知られない方が…あ…すみません…ブチッ、ツ-ツーツー」 唐突に電話が切れた。私は携帯電話の電池を確かめたが、電池は満タンで電波は三本だった。 「みなみちゃんどうしたんだろう」 私は正門の前で私の姿をしたみなみちゃんが来るのを待つことにした。 sideみなみ 「すみません」 …びっくりした、やっぱり電車の中で電話はまずかったみたい。 私の声のゆたかと話しているといきなり横から車掌さんが来て注意された。初めてだったのでかなり驚いてあたふたしてしまった。 …とりあえず学校に行こう、話はそれから…。 電車は私の降りる駅にもうすぐ着くころあいだった。 sideゆたか 「あ…えっと、おはようみなみちゃん…」 「お、おはようゆたか」 校門前で私達はようやく会うことができた。それにしても自分に挨拶するって何だか変な気分。でもお姉ちゃんならこういうの喜びそう。 私は正門にある時計を確認した。予鈴まではあと25分、まだまだ時間はある。 私達は学校内のできるだけ人気のない所に移動して話をすることにした。 sideみなみ 私はゆたかの提案に乗って学校の人気のないところを探し、なんというかよくある感じだけど体育館の裏に向かうことにした。 しかしゆたかの少し早いスピードに私の体はいとも簡単に悲鳴を上げた。 「うっ……」 急に吐き気がこみ上げてきた。そういえば今の私はゆたかなんだ。 「み、みなみちゃん大丈夫?」 ゆたかが心配して私の顔を覗き込んできた。自分の顔に覗き込まれるなんて…。 「だ、大丈夫…だよ、ゆたか…」 私は何とか元気なふりをしたがゆたかは「そんなことないとい」言って私を抱えた。お姫様抱っこされるなんておもわなかった。 しかもゆたかに…。私は気分が悪いのも忘れて回りを見たが幸い人はいなかった。それでもかなり恥ずかしい。 「ゆ、ゆたか」 「遠慮しなくていいよ、みなみちゃん。いつもみなみちゃんには助けてもらってるしこれぐらいしないとね」 「あ…う…」 ゆたかが私にほほえみながらそう言った。私ってあんなにきれいに笑えるんだ。ゆたかってやっぱりすごいな。 「ここぐらいでいいかな?」 「…いいと思う」 色々考えている内に私達は体育館裏に来た。ゆたかはそこで私を下ろした。何だかほっとしたようながっかりしたような…。 「みなみちゃん、これからどうしよっか?」 …正直なんて答えたらいいかわからない。とりあえず 「あまり人に気づかれないようにしないといけないと思う」 と答えておいた。 「どうしてこうなっちゃったんだろう?」 確かにそれが一番の謎である。予想さえすることもできない。こればっかりは博識なみゆきさんでもわからないだろう。 ふとゆたかを見ると少し心配そうな顔をしている。…どうしてゆたかだと私の顔であんなに表情が出せるのだろう? 「とにかく私はゆたかとして、ゆたかは私として今日をやり過ごすしかない」 と、私は提案した。ゆたかもこれには納得したが依然として懸案事項は残ったままの状態にある。 ふと携帯で時計を見ると予鈴の3分前だった。私達は急いで教室へと向かったが、 いつも通りにロッカーを開けて上履きを履いたためにゆたかは私の体で自分の小さな上履きを履こうし、 私はゆたかの体で自分の大きな靴を履こうとしてしまった。 要するに私達は体が入れ替わったことを忘れていつも通りに上履きを履き替えてしまった。 そのため二人であたふたし、結局私達は遅刻した。 こうして私達の奇妙な一日は始まった。 一時間目 数学Ⅰ sideゆたか(inみなみ) どうしよう、まさか私とみなみちゃんの体が入れ替わっちゃうなんて…。 何だか授業にも集中できないけど、ノートはしっかり書かないとね。 ふと私はみなみちゃんの方を見た。みなみちゃんは先生の話を熱心に聞いているように見えた。私も頑張らないと! と思ったときいきなり先生が 「じゃあこの練習問題の一問目を○○、二問目を××、三問目を岩崎。今呼ばれた三人は問題が出来次第、黒板に解法と解答を書きに来なさい」 と言った。って、え~~~~~~~~~!私先生の話全然聞いてなかったよ~、どうしよう…。 と、とにかくこの練習問題の上の例題の解き方を参考にして考えてみよう。 …たぶんこんな感じかな。よし書きに行こうっと。 私は黒板に自分の解法と答えを書いて席に座った。あ~ドキドキした~… ん~、でも黒板に書かれた一問目と二問目の解答を見てるとなんだか違和感が…。 私が座ったのを見計らい先生が一問目から順番に赤いチョークで添削していってる。 一問目と二問目は丸みたい、三問目は…うわ~なんだかまたドキドキしてきた~。 そして三問目…って先生なんで何も書かずに私が黒板に書いた私の解法とにらめっこしてるんですか? ……あ、私違う練習問題やっちゃった…。さっきの違和感はこれだったんだ。 その後私は先生に少し怒られて、クラスメートに笑われた。 ごめんね、みなみちゃん…。 sideみなみ(inゆたか) それにしてもどうしてこんなことになったんだろう。 前では先生が熱心に説明をしてるけど私には届かない。私はひたすらぼうっと前を見ていた。 ふと気になってゆたかを見てみた。 なんだか奇妙な気分がする。私はここにいるのに私の体はそこで一緒に授業を受けてるなんて。 それにしてもゆたかはすごいな。ずっと前を向いて熱心に授業を聞いてる。私も見習わないと。 すると先生が練習問題を解く人を当てていった。岩崎と呼ばれたとき驚いて、体がビクッとした。危ない危ない今は私はゆたかなんだ。 変なことをしてゆたかに迷惑はかけられない。しっかりしないと。とにかく私も練習問題解かないと。 …どの練習問題かわからない… ゆたかは黒板にすごく可愛らしい丁寧な字で解答を書いて席に戻った。 …あれ?なんだか他の二問と少し違うような… 先生が問題に赤いチョークで添削を行っている。ゆたかの問題までは全て丸だった。 そしてゆたかの書いた問題にさしかかったとき先生はチョークを止めた。 「…岩崎、お前どこの問題をやったんだ?」 「え、えっと86ページの練習問題12の(3)の問題です…」 「やるのは練習問題11だ。話をしっかりと聞かないからこうなるんだ」 「す、すいません」 私の周りのクラスメートがクスクスと笑っているのが聞こえた。周りから見れば私が間違えた様に見えているだろう。 ゆたかは耳まで真っ赤にしてうつむいている。 ゆたか、大丈夫かな… sideひより い、岩崎さんが解く問題を間違えるとは驚きっスね。少し疲れてるのかな…? でも珍しいものが見れたし、ま、いっか。 それにしても岩崎さん耳まで真っ赤にしてる。何だか小早川さんみたい。 で、その小早川さんは心配そうに岩崎さんを見つめてる。何だか今日はふたりの立ち位置が逆な気がするような… その数分後、私達の鼓膜を予鈴という福音が振るわせた。 あー、やっと休み時間キターーーーーーー。 一時間目から数学って息が詰まっちゃうよ。 あ、そうだ岩崎さんにさっきはどうしたのか聞いてみよっと。 「岩崎さん、さっきはどうしたの岩崎さんらしくないミスっスね」 って岩崎さん無視することないよね。聞こえてないのかな。 「何?田村さん?」 「いや、小早川さんじゃなくて私が呼んだのは岩崎さんなんだけど」 「あっ!」 何だか今日は変な日だなぁ… 二時間目 化学Ⅰ sideゆたか(inみなみ) う~~、まさかこんな時に解く問題を間違うなんて…。 休み時間に田村さんにばれないようにみなみちゃんに謝っておいたけど許してくれたかな。「別にいい、大丈夫」って言ってたけど…。 それにもしかしたら田村さんに怪しまれてしまったのかもしれないよ…。 とにかく今度からはしっかりしないと! 幸いにも今回の授業は当てられることもなく平和に過ぎていった。助かった~…。 sideみなみ(inゆたか) ゆたか、大丈夫かな。それにしてもなんだか物凄く熱心に授業を聞いてる。さっきのことなら気にしなくてもいいのに。 私だって違う問題をやってたんだから。 …あ、黒板を写し前に消された…。 自分のノートだと気にならないけどこのノートはゆたかのなんだからしっかりと書かないといけないのに…。 どうしよう、後で誰かに見せてもらわないと。 私は周りを見渡した、田村さんはなんだか過ぎ勢いでノートに何か書いてる。板書してるのだろうか、それとも絵を書いてるのか。 次にパトリシアさんを見た。パトリシアさんは結構熱心に授業を受けている。パトリシアさんに見せてもらおう。 ……でも何だか板書できなかったことゆたかに隠すみたいでなんだか嫌。ここは正直にゆたかに見せてもらおう。 sideパティ やっとニジカンメがオわりました。ニポンゴわかってもカガクはつらいでス!エイゴでもわからないことだらけでしょうネ…。 あ、ユタカがミナミとハナしていまス。ナニしてるのかな?ちょっとミにイってみましょう。 「ゆたか…じゃなくて、みなみちゃん…?」 「な、なにかなみ…じゃなくてゆたか…?」 ナンだかフタリともぎくしゃくしていまス。 「さっきの授業でノートにうつしきれなかったところがあって、ゆ…みなみちゃんのノート見てもいい?」 「う、うん…はいこれ」 「あ、ありがとう、ごめん」 「いいよ」 …やっぱりヘンでス。キョウのミナミはヒョウジョウがユタカのようにユタかでス。 でもキョウのユタカはミナミのようにアマりヒョウジョウがデてません。まるでフタリのココロがイれカワってしまったようでス。 …ていうかフタリともヨコにワタシがいることにキづいてますカ? 三時間目 英語 sideゆたか(inみなみ) …う~ん、やっぱりこの状況にはなれないなぁ。 さっきだって呼び方間違いそうになっちゃったし…。 でも朝よりかは大分なれてきたかな。 …よく考えたら慣れることも大事だけど戻る方法を探すことのほうが大事なのかもしれない、…じゃなくて大事だね。 本当にどうしたらいいんだろう…?そもそもどうしてこうなったんだろう?前日の晩ははいつも通りに布団に眠ったけど…。 …寝相…かな…? やっぱり思い当たる物がないなぁ。 あ、もしかしたら昨日じゃなくてもっと過去のことに原因があったのかもしれない。 確か一昨日は…そういえば、学校で体育の時間に久しぶりに参加していつもよりかなり気分が悪くなっちゃって病院に行ったっけ。 あの時は本当に皆に迷惑をかけたなぁ。う~ん、でもこのこととはあまり関係なさそう。…はぁ…。 私は小さくため息を吐いた。 …とにかく授業に集中しようっと。 sideみなみ(inゆたか) …この状況にはどうにも慣れることができない。さっきもついつい呼び方を間違えたし…。 今日はゆたかに迷惑ばかりかけてしまっているし、しっかりしないと! …そういえばどうしてこんな不可解な事がおこったのだろうか…。 特に前日の行動にいつもと違うことはなかった。ゆたかと一緒に私の家でおしゃべりしたり、一緒にチェリーの散歩に行ったぐらい。 これらのことをしてもこんな事になるとは到底思えない。 …じゃあその前の日は……確かゆたかが体育のときに倒れちゃってとてもひどい状態だったから病院に運ばれたっけ…。 あの時はすごく心配したな。学校を早退してゆたかのお見舞いに行ったっけ…。幸い医者とその時一対一で話して、 心配要らないって言われてすごく安心したのを今でもよく覚えている。でも顔はこわばったままだったと思うけど…。 確かその後に泉先輩が病室に大きな音をたてて入ってきた。でもさすがにこれらのことは関係性がなさそう。 …一体何が原因でこんなことに…、とにかくその理由を特定できれば解決法もおのずとわかる可能性が高い。 次は少し長い休憩時間だし、その時に二人でまた人気のないところで話すことにしよう。 休憩時間(20分.ver) sideこなた ふわ~、よく寝た~。ほんとこの時間帯の授業って眠たくなるよね~、ってこの前かがみに言ったら 「あんたの場合は年中無休でそうじゃない」 と言って頭をピシャリと叩かれたっけ。 「こなちゃん、お弁当一緒に食べようよ」 「私もご一緒させて下さい」 いつも通りにつかさとみゆきさんがお弁当を持って私の席まで来てくれた。もうちょっと待てばかがみも来るだろう。 「うん、食べよっか」 とりあえず私は二人と近くの席を寄せ集めた。 そうしてるとかがみがお弁当を持ってやって来た。私達は今日も四人でお弁当を食べる……はずだった。 「ねえ、そういえば今日学校の玄関のところでゆたかちゃんとみなみちゃんが二人して急いで校舎の中に走っていったけどさ、 しかも予鈴がなった後なんだけど。二人にしては珍しいよね?」 え?ゆーちゃんは私よりも随分早く家を出たけど。…なんだか様子は変だったけど。 それって人違いじゃない? 「そんなことないわよ、確かにゆたかちゃんとみなみちゃんだったわよ。顔もちゃんと見たんだから間違いないわ」 …どういうことだろう。私より早く出て遅刻?私だって今日は遅刻寸前だったのに。 「みなみさんが遅刻するとは珍しいですね、今までそのようなことは一度もなかったと思いますよ」 みゆきさんも不思議に思っているようだ。 確かに真面目なあの二人ならそんなことはまずないと言ってもいい…あ! 私は今日の朝に見たゆーちゃんの妙な様子を思い出しゆーちゃんのクラスに行くことにした。 どうしたんだろう、ゆーちゃん。学校に着くまでに気分が悪くなったのかな。少し心配だ。 かがみ達には適当に言っておいて、私は教室を出た。 …あ!お弁当忘れるところだった…。 sideゆたか(inみなみ) 三時間目が終わって、20分の休憩時間が始まった。 とにかく今はみなみちゃんとお話したいな。色々考えたけどこのままみんなに隠しとおせる自信がない。 もういっそみんなに話してしまったほうがいいのかもしれない。 私はゆっくりと席を立ってみなみちゃんのいる元私の席へと足を進めた。 sideひより さーて、いつも通りに岩崎さん達と一緒にお弁当食べようかな。 岩崎さんの方へお弁当を持って行った。岩崎さんの席には小早川さんがいた。二人で何か話しているみたい。 「岩崎さん、小早川さん、お弁当食べよう」 私は二人に言ったが 「…ごめん、今日はちょっと用事がある」 「ごめんね、田村さん」 そうっスか。ん?やっぱり二人の言動がおかしい気がする。なんだか二人が入れ替わってる感じなんだけど…。 あ、二人とも「ヤバッ!」見たいな顔してるし。本当に変だなぁ。 「イッショにおヒルタべませんカ?」 パティがお弁当を持ってきた。私はパティに二人は用事があるから今日は無理って言ってたって言った。 その後小早川さんと岩崎さんは二人でお弁当もってどこかに行っちゃった。 とりあえず私達は二人でお弁当を食べることにした。 sideパティ キョウのランチはヒヨリとフタリでタべることになりましタ。 いつもならユタカにミナミもイッショにタべるけどキョウはいません。ヨウジがあるらしいでス。 「一体どうしたのかな、二人とも」 「ウ~ム、もしかしたらフタリともできてしまったのかもしれませんネ」 とりあえずジョウダンでカエしましたがタシかにキになりまス。 キノウとかにこんなコウドウをフタリがミせてもベツにおかしいとはオモいませんが、 キョウはフタリともヨウスがヘンでしたからミョウにキになりまス。と、そこに 「Yahoo!パティ、ひよりん!」 OH!コナタがトツゼンやってきましタ。どうしたのでしょうカ? sideみゆき いつもなら四人で囲んで食べる昼食ですが今日は三人で食べています。 なぜか泉さんがゆたかさんのところに行ったからです。ゆたかさんが遅刻したのが気になるのでしょうか…? 四人で食べているのに慣れているせいか、少し寂しく感じてしまします。 そういえば、先程かがみさんが小早川さんだけでなく岩崎さんも遅刻していたと言っていました。 よく考えると今日、みなみさんと一緒に学校へ行こうとしてみなみさんの家を尋ねてみましたが、 みなみさんはすでに学校に行った後でした。 無論私は遅刻はしていません。これは少々不可解ですね。後でみなみさんに聞いてみましょう。 sideみなみ(inゆたか) いつみならお昼を食べている時間だが、今日はゆたかと一緒に学校の屋上で食べることにした。 それにしても未だに中身がゆたかとわかっていても自分の姿と話すのは中々慣れない。 屋上に着いた私達は二人で座ってお弁当を食べ始めた。少し経ってからゆたかが話しかけてきた。 「みなみちゃん、これからどうしよっか?」 …私にもわからない。原因不明だしどうしようもない。 「わからない、でもこのままこのことを皆に隠しとおせるのは無理だと思う」 私は考えていたことを言った。そろそろ田村さんかパトリシアさんかが気づくとはいかないとしても違和感は感じているに違いない。 「じゃあ話すの?」 それも正直不安だ。もし誰かに話して学校中に広まりでもしたら周りから何か言われることは間違いない。 私はそういうのが苦手だから話すのは避けたい。でも誰かに話したい、話して楽になりたい。 「…みゆきさんに相談してみるのは?」 私はゆたかにそう意見を提示した。 ゆたかは少し考えてるそぶりを見せてから、あまり時間をかけずに 「そうだね、私もそれでいいと思う。このまま二人だけで抱え込むのは正直辛いしやっぱり他にも相談相手がほしいからね」 ゆたかは微笑みながらそう言った。 sideこなた 私がゆーちゃんの教室に着くとひよりとパティがお弁当を食べてた。教室を見渡してもゆーちゃんどころかみなみちゃんもいない。 とりあえず私は二人を呼んでみた。 「Yahoo!パティ、ひよりん!」 パティが私に気づいて声をあげた。 「OH!コナタ!どうしましたカ?」 私は二人の席まで歩いた。 「ゆーちゃんかみなみちゃんにちょっと用事があってね。ふたりがどこに行ったか知らない?」 「ウ~ン、シりませんネ」 「私もっス」 …そっか、二人も知らないんだ。 私は二人に今日の朝のゆーちゃんの様子が妙だったこととゆーちゃんが私よりもかなり早く出たのに遅刻したことを話した。 「確かに妙っスね。それに今日二人ともなんだか様子が変だったっス」 「ミナミはヒョウジョウユタかになってたり、らしくないミステイクをおかしましたし、ユタカはなんだかムヒョウジョウでした」 ん~、何だか二人が体か心が入れ替っちゃったみたいだね。 「そう、それっス!私もそう思うっス!」 「ワタシもです!でもそんなことありえないですヨ。マンガやゲームじゃないですシ…」 何だかそう言われると本当に二人が気なってきたな~。そうだ! 「ねえ二人とも、ゆーちゃんとみなみちゃんを探しに行かない?」 私がこう言うと二人は少し考えてから私の誘いを承諾した。 とかなんとかあって今私達三人は学校の屋上の扉の裏から、ゆーちゃんとみなみちゃんが二人でお弁当を食べているのを覗いている。 私達が着いたころには二人は座ってお弁当を食べているようだった。 私達は三人で耳を澄まして会話を聞いてみることにした。 「…私達何やってんでしょうかね?」 ひよりんが疑問を口にした。 「シー!ヒヨリ、シズかにするでス」 「パティも声が大きいよ。まあここはなんか出て行きにくい感じだし空気読んでここで聞いてるんだから。 今いきなり二人に声をかけるより大分ましだよ」 と言って私はひよりんを静かにさせた。まあひよりんもまんざら二人の会話に興味のないわけではないらしい。 私達は集中して二人の会話を聞きにはいった。 「みなみちゃん、これからどうしよっか?」 みなみちゃんが自分で自分の名前呼んでるんだけど。 「わからない、でもこのままこのことを皆に隠しとおせるのは無理だと思う」 …え、何を?やっぱり何かあったんだ。ていうかゆーちゃんの口調がおかしいよ。朝もこんな感じだったっけ。 「じゃあ話すの?」 何だか今日のみなみちゃんは表情がよく出てるね。 「わからない、でもこのままこのことを皆に隠しとおせるのは無理だと思う」 …やっぱり私達に何か隠してるみたい。 「…みゆきさんに相談してみるのは?」 あれ?ゆーちゃんいつからみゆきさんのことを高良先輩じゃなくてみゆきさんって呼ぶようになったんだろう? 「そうだね、私もそれでいいと思う。このまま二人だけで抱え込むのは正直辛いしやっぱり他にも相談相手がほしいからね」 ここで二人はお弁当を食べ終えたようだ。立ち上がってこちらの方へ来ようとしていたので私達は急いでその場から離れた。 それにしても、ゆーちゃんとみなみちゃんは私達に何を隠してるんだろう…。 その後は廊下でパティとひよりと別れて私は教室に戻った。その時には予鈴三分前だった。 …私、お弁当食べてないよ。 四時間目 数学A sideゆたか(inみなみ) やっぱりなかなか解決策は見つからないなぁ。とりあえず高良先輩には相談することにしたけど他の皆には話したほうがいいかな。 でももしかしたら信じてもらえないかもしれないし…。…はぁ…。 そういえば五時間目は体育だったっけ。もしかしたらこの前みたいに気分が悪くなって皆に迷惑かけないで思いっきり楽しめるかも。 でも、みなみちゃんは…、私の体じゃ参加できないよね。私も見学しようかな…。 「じゃあこの練習問題の一問目を○○、二問目を岩崎、三問目を××。今呼ばれた三人は問題が出来次第、黒板に解法と解答を書きに来なさい」 はう!まさかまたなんて…、どうしようまたどこの問題か聞いてなかったよ~。 ふとみなみちゃんの方を見ると私に手でどこの問題か伝えてくれた。ありがとう、みなみちゃん。 それにしても自分はここにいるのに体は違うところにあるなんてやっぱり不思議な気分だなぁ、どうにも慣れないよ。 私は問題を手際よく解いて黒板へむかった。 sideみなみ(inゆたか) この授業の後は確か体育だ。でも次のお昼休みに高良先輩に相談しようと私は思っている。授業が終わればすぐに行かないと。 …そういえば今、私はゆたかの体だから体育は見学したほうがいいかもしれない。 今日の朝も気分が悪くなってゆたかに抱いてもらったこともあるし…。 確か見学の場合はジャージに着替えて先生に見学することを伝えるのだったかな。したことないからよくわからない。 とりあえず授業に集中しておこう。一時間目に様なことがまた起こるかの知れないし。 そして予想通り同じことが起こった。まさか同じようなことが起こるなんて。 でも今回はしっかりと話は聞いてたし大丈夫。ゆたかは……何だか不安そうにこっちを見てる。 私は手でゆたかにどの問題をやるのか伝えてみることにした。 お昼休み sideみゆき 予鈴がなってお昼休みの時間となりました。まわりでは外に元気に出て行く人や誰かとおしゃべりしている人などがいます。 私も少し体を動かしたい気分です。最近は受験勉強にとられる時間が多くて…。 一年生や二年生のときよりゆったりできる時間は減っています。 あ、そういえばみなみさんに少々聞きたいことがありましたね。すっかり忘れていました。 幸い次の時間は英語ですので少し遅くなっても大丈夫そうですね。 私は席から立ち上がりみなみさんのところへむかうため教室を後にしました。 一年生の廊下を歩き、みなみさんのクラスが見えてきました。 すると私の目線の先にみなみさんとゆたかさんの姿が見えました。 私は呼ぼうと思いましたが小早川さんとみなみさんからこちらに近づいてきたので呼ぶのはやめました。 「少し聞きたいことがあるのですが…、お時間は大丈夫ですか?」 私はそう二人に話しかけました。 sideみなみ(ゆたか) ゆたかと一緒にみゆきさんのところへ行こうとするとみゆきさんが教室の近くにいたので私達は難なくみゆきさんと会うことができた。 「少し聞きたいことがあるのですが…、お時間は大丈夫ですか?」 「ごめんなさい、今はあまり時間はなくて……、みゆきさん、ちょっと着いてきてください」 私はもう自分をゆたかと偽るのはやめていつも通りに話すことにした。 みゆきさんは少し不思議そうな顔していた。 私達は体育館の裏の方へ行った。 「どうしたのですか、みなみさん、小早川さん。何だか二人とも様子がいつもと違いますよ」 「みゆきさん」 私はみゆきさんにゆたかの体で話しかけた。 「は、はい」 「これから話すことをよく聞いてください。すべて本当のことです。信じられないかもしれませんがお願いします」 みゆきさんの頭上には珍しくクエスチョンマークが浮かんでいるようだった。 「みなみちゃん」 ゆたかが少し心配そうに見つめている。 「とにかく話を聞きましょう」 みゆきさんがそう言ったので私は全て話した。今日のこの不可解な現象のこと、その全てを。 sideゆたか(inみなみ) みなみちゃんが高良先輩に全て話し終えた。高良先輩は驚いた顔していましたが、私とみなみちゃんの真剣な眼差しのせいか信じてくれたみたい。 「…つまりみなみさんとゆたかさんの心が入れ替わってしまった、ということですね」 「…はい」 「…え~と、今小早川さんが話したということはみなみさんが話したということですよね」 「はい、すいません、わかりにくくて…」 「いえ…そうようなことは…」 みゆきさんは少し困惑顔で話している。 「高良先輩、どうしたら元に戻れますか?」 私は単刀直入に聞いた。 「……すみません、私には全く…わかりません…」 「…そうですか」 正直やっぱりとは思ったが、小さな期待が私の中にあったのかもしれない。少しがっかりした。 「このことを私以外に話しましたか?」 「いえ、みゆきさんだけです。あとできれば秘密にしておいてください。他の皆さんにはまた色々考えてから伝えようかなと思っているので」 高良先輩の質問にみなみちゃんが答えた。 「わかりました……けれども一体どうすれば……原因などで心当たりなどはおありですか?」 「それも特には…、色々考えましたがそういう事は全くなかったと思います」 私も聞かれたが、みなみちゃん同様に答えた。本当にこれからどうしよう…。 sideこなた あれ?みゆきさんがいないや。もしかしたらみなみちゃんのところかな。確か二人はみゆきさんに相談するとか言ってたっけ。 じゃあ、今はみゆきさんはみなみちゃんやゆーちゃんと話をしてるのかな。 それにしてもゆーちゃんどうしたんだろう、私達に内緒なんて。皆の誕生日はまだまだ先だし…。 …私達が知らなくてみなみちゃんがだけが知ってることかぁ。何かあったっけ…。 私は席に浅く腰掛けて上を向いて考えを巡らせた。…何だか私っぽくないね。 あ、そういえば確か一昨日にゆーちゃんが体育で倒れて病院に運ばれたな。私が病室に行ったときみなみちゃんが先にいたっけ…。 なんか医者から話を聞いてたみたいだけど、みなみちゃん何かすごく怖い顔してたような。 ……まさか……そんなことないよね……でももしかしたらゆーちゃんの体に何かが……。 ははは、まさかねー……。 でも、さっきの二人の会話はかなり怪しい…。 確かに病院にいたのゆーちゃんは少し苦しそうな感じはあったけど今は元気だし、 でもじゃあ今日の朝のゆーちゃんの妙な様子はなんだろう。 それに私より早く家を出たのにどうして私より遅い上にみなみちゃんと一緒なんだったんだろう。 まさかもう時間がないからって遊んでた、いやどこかでおしゃべりしてたとか……。 私はこの後つかさとかがみに話しかけられるまで上を向いて考えていた。 あはは…そんなことないよね…。後でみゆきさんに二人と何を話したか聞いてみよう。 …またお弁当食べるの忘れてた… 五時間目 体育 sideゆたか(inみなみ) 結局高良先輩と話したけどあまり成果は上げられなかったなぁ。でも誰かに相談できて少しだけスッキリした気がする。 今日の体育はバスッケットボール、私はいつも見学してるか、参加できてもみんなと同じように素早く走り回ることができない。 それどころか途中で気分が悪くなって倒れそうになってチームを抜けてみんなに迷惑をかけちゃったりする。 でも今回は違う。今はみなみちゃんなんだから。今までろくに参加できなかった分今日は張り切っていくぞ~!!! ホイッスルが鳴り私の試合が始まる。私は積極的に動いてボールを受け取ってはドリブルで相手に突っ込んでいった。 でもなかなか上手くいかない、それどころか上手にドリブルがつけない。結果相手チームにボールを何回も取られちゃった。 あんまり授業に参加してないツケが回ってきたみたい。でもすごく楽しかった。体を動かすと気持ちいいし、何だか気分が高揚する。 …確かお姉ちゃんがそういうことを「最高にハイッってやつ」って言ってたっけ。 結局私達のチームは四試合やって一勝しかできなかった。 でもその勝った試合で私のシュートが始めて入ったときはその場にへたり込んでしまった。 もう泣きたいぐらいに嬉しかった。今だけ心が入れ替わったことに感謝できる、…みなみちゃんには申し訳ないけど…。 sideみなみ(inゆたか) お昼休みにみゆきさんに相談したせいか、今は相談する前より少し気が楽な感じがする。 今日の体育、私は見学せずに参加することにした。 前回の授業でゆたかが倒れてしまったせいか担当教師は止めたが私はそれを聞き入れなかった。 ゆたかも「無理しないほうがいいよ」って言ってくれた。 でも、前回途中で抜けて、ただでさえ見学が多いのにこれ以上授業に参加しなでいるとゆたかの体育の成績が下がってしまいそうな気もした し、それにたまにはゆたかだって出来るところをみせたいはず、と思いできるだけ私は頑張ってみることにした。 そして試合は始まった。私はいつもよりさらに気合を入れて臨んだ。ちなみに試合はハーフコートではなくオールコートだった。 最初のうち私はドリブルで相手を抜き、そのままレイアップや三点シュートを連発し取れるだけ点をとった。 この小柄な体は相手を抜いてリングの下まで向かうのにかなり好都合だった。でも数分で気分が悪くなって交代を余儀なくされてしまう。 交代して脇で座って休んでいると、同じチームの休憩している人や他の人達が来て、 「どうしたの小早川さん、すごいじゃない!」・「キョウのMVPはユタカですネ」・「今回は調子いいんだね、安心したよ」と言ってくれた。 何だか私は嬉しくて、少し恥ずかしくなった。 「小早川さん顔真っ赤だよ」・「あはは、かわい~」・「も、萌えるっス」とも言われた。 何だかこの体も悪くないな、と思った、…ゆたかには悪いけど…。 そうこうしているうちに今まで最高に楽しかった体育の時間は終わった。ゆたかもすごく楽しんでいた。 ゆたかとは敵チームだったけど、一緒に試合をした時は本当に楽しかった。 私はゆたかのシュートを阻止したり…背が全然足りなかったけど。私のドリブルしているとボールを取られて、また取り返したり。 私は自分の体のこととか忘れていた。 だからその後気分が少し悪くなってしまったけど、最高に充実した授業だった。 ちなみに一番勝った回数が多かったのは私のチームだった。その後私はみんなにMVPに選ばれて軽い胴上げまでされた。 …明日も確か体育あったはず、心が入れた替わった状態が明日まで続いてもいい気がしてきた。 その後私達は教室で着替えた。 昼休みに着替えたときはみゆきさんに相談した後で時間がなかって急いでいたからあまり気にしなかったけど、 ゆたかって胸結構あるんだ…。 皆に、特にゆたかにばれないように気をつけて少しだけもんでみた。…やわらかい。いいな…。 私は小さなため息をついた。それは周りの喧騒の中に消えていった。 sideこなた ようやく五時間目が終わった、疲れた~。半分眠っていたような感じだったよ。 そんなことよりみゆきさんに何を話していたか聞いてこよっと。 私は席を離れてみゆきさんの席へ行った。みゆきさんは何だかぼうっとしていた。 「ねえ、みゆきさん」 「……」 へんじはない ただのしかばねのようだ …じゃなくて、どうしたんだろう。何だか考え事で頭が一杯みたい。そういえば授業中も当てられてしどろもどろで答えてた。 四時間目まではこんなことなかったのに、やっぱり原因はゆーちゃんとみなみちゃんの話を聞いたからかな。…たぶんそうだろうね。 そんなに大変なことになっちゃってるのかな…。本当にゆーちゃんが心配になってきたよ。 「みゆきさん!」 私は少し大きな声で呼んでみた、すると 「わひゃぁ!」 と可愛い声を出した。 「な、ななななんんですか、泉さん?」 「…びっくりしすぎだよ、みゆきさん」 「す、すいません、少々考え事があって」 「ゆーちゃんとみなみちゃんのことだよね」 私は単刀直入に切り出した。みゆきさんは驚いたような顔をした。 「…泉さんも知っていましたか…」 「まあね」 知らないけどここはわかってるフリをしておく。さっき盗み聞きした時のゆーちゃんとみなみちゃんの会話で 「でもこのままこのことを皆に隠しとおせるのは無理だと思う」って言ってたってことは皆には隠すつもりでいるってこと。 たぶん皆には内緒にするようにみゆきさんは言われてるだろうけど、 ここは知っていることにして適当に話を合わせれば大体のことはわかるかもしれない。 だてに私もバカじゃないってことだね。今まで色んなゲームをしといてよかったよ。 「しかし大変なことになりましたね、泉さんも心配ですよね…」 みゆきさんはとても心配そうな顔で話し始めた。やっぱり何かあったんだ…。 「…そうだね」 私は適当に相づちをうった。 「あんな状態の治し方なんて医学界には存在しませんし、私もそんな症例自体聞いたこともありませんし」 「え……?」 私はすごく嫌な感じがした。やっぱり病気?…治らない? 「でももしかしたらすぐにでも…泉さん?」 私はみゆきさんの言葉を聞く前にみゆきさんの席から離れた。……すぐにでも……死ぬ……とかだったり……。 怖い、その後を聞くのが怖い、怖くて怖くてたまらない。 どうしよう、ゆーちゃんが死んじゃったら…どうしよう…。私お姉ちゃんなのに…何で気づいてあげられなかったんだろう。 私は予鈴が鳴り先生に注意されるまで呆然と立っていた。この後の授業は頭に入らなかった。 …もう何も考えられなかった…。 六時間目 古典 sideゆたか(inみなみ) 今日最後の授業は古典。…やっぱり難しいや。 それにしても何だかこの体でいるのも結構なれてきたかな。まだ小早川や、ゆたかと呼ばれると反応したりしてしまうけど。 そういえばさっきの休み時間みなみちゃん何だか体育の時間の時よりも少しだけ暗くなってた感じがしたけどどうしたのかな? あと田村さんとパトリシアさんが何だか私とみなみちゃんの方を見て内緒話をしてたし、どうしたんだろう。…ばれちゃったのかな…? 私は教室にある時計を見た。授業終了まではあと15分だった。放課後に本格的に治す方法を考えたほうがいいね。 …とりあえず、みなみちゃんと高良先輩と一緒にどこかに行くことにしよう。 sideみなみ(ゆたか) 今日の授業終了まではあともう少し。今日は突然こんなことになって驚いたけど楽しいときもあったし、 今はそれなりに落ち着いてきている。 今日の放課後は事情知っている私とゆたかとみゆきさんで話し合って今後どうするか決めることにしよう。 「次のところを…小早川、読んでくれ」 …あ、今のゆたかは私なんだった。ちょっと油断してた。 私は先生に指定されたところを読み、ホッと安心してまた考えを巡らし始めた。 とりあえず放課後は三人で今後のことについて話し合ってみようかなと思う。 その数分後授業終了を伝えるチャイムの音が学校中に響き渡った。 放課後 sideゆたか(inみなみ) 今日の学校がやっと終わった。 私はみなみちゃんを誘って二人でみゆきさんを誘って三人で、とりあえずみなみちゃんの家にむかうことにした。 sideみなみ(inゆたか) 私はゆたかの願ってもない提案に乗り、みゆきさんと三人で私の家にむかうことにした。 私はゆたかとみゆきさんのクラスに行き、みゆきさんを呼んで三人で帰った。 そういえばみゆきさんのクラスを覗い時、泉先輩が自分の席でぼうっとしていた 。どうしたんだろう、授業は終わっているのに…。 私達には全く気づいていないみたいだった。 道中でも三人で色々話してみたが、結局解決策は見出せず、気がつくともう私の家についていた。 みゆきさんは家に一旦荷物を置きに行った。 ゆたかと私が庭に入るとチェリーがゆたかにじゃれついてきた。散歩に行きたいのだろうか…。 …何だか少し寂しいな。最近チェリーは私にそっけなかったのにこういうときに限ってじゃれついている。 ゆたかがうらやましい…。私はちょっとだけ微笑みながらチェリーをなでた。するとチェリーは尻尾を振ってじゃれついてきた。 あれ?もしかして今のゆたかは私だって気づいたのかな、さっきまでじゃれついていたゆたかにはあまり構わなくなったし。 私達はチェリーと一緒に家に入った。中ではお母さんが「久しぶりね、ゆたかちゃん」と言ってくれた。 …さすがにお母さんにこう言われると悲しい。 ゆたかはおじゃましますと言いかけたが、途中で気づいてただいまと言った。 「こんにちは、おじゃまします」 「あら、みゆきちゃん、こんにちは」 みゆきさんが入ってきた。お母さんがうれしそうにみゆきさんを迎えた。 その後私達三人は私の部屋に入った。 sideこなた 「こなちゃん、こなちゃん、どうしたの?」 「何ボーっとしてるのよ、とっくに授業は終わったわよ。ていうか学校自体終わったけどな」 私は誰かに体をゆすられて何もない思考から目覚めた。 「よかった~、どうしたのかと思ったよ~」 「ほんと何やってんだか…」 私をゆすっていたのはつかさだった。安心した様な顔をしている。 横にはあきれ顔をしたかがみがいた。二人を確認した後私は周りを確認した。教室には生徒が数人いるだけだった。 窓から差し込んでくる夕焼けが私にはとてもまぶしく感じられた。 「あっ!」 私はがばっと起きて時計を見た。時刻は六時間目終了から15分経っていた。もちろんみゆきさんはもうクラスにはいない。 「もう、びっくりっせないでよ、こなちゃん」 「何驚いてんのよつかさ。ほら、こなたも変な事してないで帰るわよ」 「みゆきさんは!?」 私は二人に聞いた。おそらく大声だったのだろう、二人は驚いていた。 「ど、どうしたのこなた」 「いいからどこ行ったの!?」 「ゆ、ゆきちゃんならもう帰ったよ、ゆたかちゃん達と帰るって言ってたけど…こ、こなちゃん!」 私はつかさからそこまで聞くと勢いよく立ち上がり、かばんも持たずゆーちゃんのクラスへ向かった。 ゆーちゃんのクラスを覗くとそこにはひよりんとパティが二人で話していた。他にも何人か生徒がいる。 「い、泉先輩、どうしたんスか?」 「コナタ、どうしたネ?イキがアがってますヨ」 教室にはやっぱりゆーちゃんとみなみちゃんの姿はない。 「ゆーちゃんとみなみちゃんは!?」 私は二人に聞いた。ここでも大きな声だったのだろう、教室の中にいる人の目線が私に集まった。 しかし今の私には気にならなかった。 「こなた!落ち着きなさい!」 突然後ろから声がした。 「カガミ!」 私が振り向いて誰か確認するよりも早くパティが答えた。 「あんた何をそんなに焦ってるのよ。とにかく落ち着け!」 かがみは私の肩をつかんで結構な大声で言った。私は少しずつ落ち着いきを取り戻してきた。かがみの横ではつかさが肩で息をしている。 「落ち着いた?」 「う、うん、ごめんかがみ」 「いきなり教室からでていくんだもん、びっくりしたよ。はい、かばん」 教室に忘れてきたかばんをつかさが渡してくれた。…必死になって忘れてたんだ、今思い出したよ。 「ありがと、つかさ」 私はつかさにお礼を言った。 「で、いきなりどうしたんスか?」 ころあいを見計らってかひよりんが本題をぶつけてきた。 「ユタカとミナミのことですカ?」 話が早くて助かった。私はみんなに話した。 sideかがみ 「うそ…そんな…」 横ではつかさが顔を真っ青にしている。今にも泣きそうだ。私はつかさの手を握ってあげた。 「ね、ねえこなた、さすがにそれはないんじゃない?」 私もこなたの話はさすがにいきなり信じることはできなかった。ゆたかちゃんが死ぬなんて…。 「た、確かに泉先輩の話は的をえてるっス」 「…ワタシもそうオモいまス」 田村さんとパトリシアさんはこなたの話を少なからず信じているようだ。 「でも朝の様子が変で遅刻しただけでそれはいくらなんでも…」 私はこなたに反論した。 「でも…一昨日に病院でみなみちゃんが怖い顔をして医者と話してるのを見たし…」 「で、でもそこでそんなゆたかちゃんの命の話なんてしないはずよ、まずは家族に話すもんでしょ」 「…今日、ゆーちゃんとみなみちゃんが屋上で話してるのをひよりんとパティと一緒に聞いたんだ。 そこでゆーちゃんが皆に隠してるってはっきり言ったんだよ」 「違うことなのかもしれないじゃない」 反論していく私にも何だか嫌な感じがしてきた。 「それに二人はみゆきさんに相談するって言ってたんだ。だから五時間目の後の休み時間でみゆきさんに聞いてみたんだ」 こなたの声がどんどん重くなってくる。 「みゆきは何て言ってたの?」 この先を聞くのが少し怖かったが、私はこなたに聞いた。 「あんな状態の治し方なんて医学界には存在しませんし、私もそんな症例自体聞いたこともありませんって…言ってた…」 こなたの目から一筋の涙がこぼれた。…これは本当にやばいのかもしれない。 田村さんとパトリシアさんは無言でうつむいている。つかさはこなたの倍以上の涙を流していた。 「…じゃあ…こなたの言うとおり…ゆたかちゃんは…」 私の中でもこなたと同じ結論が出た。 「みんな、ゆたかちゃんを追うわよ!」 私達は五人でゆたかちゃんのもとに急ぐことにした。 この言葉についてこない人は 誰もいなかった sideつかさ ゆたかちゃんが…死んじゃうなんて…信じられないよ、信じたくないよ…。 私はお姉ちゃん達と急いで校門まで来た。 「そ、そういえばユタカはどこにイったんでしょうカ!?」 パトリシアさんがお姉ちゃんに聞いた。 「よ、よく考えたらわからないわね」 確かによく考えたらゆたかちゃんがどこにいるか私達わからないや。 隣ではこなちゃんが電話をしていた。…あ、今切った。 「…みんな、ゆーちゃんはみなみちゃんの家だって」 「わかったわ、ありがとうこなた」 「こなちゃん、誰に電話してたの?」 私が聞いた。 「みゆきさんの家に電話したんだよ。みゆきさんやゆーちゃん達だと言ってくれないかもしれないからね。 みゆきさんが一緒に帰ったんならみなみちゃんかみゆきさんのどちらかの家だと思ってたし。 さすがにみゆきさんもお母さんに口止めするのを忘れてたみたいだね。みゆきさんがかばんを置きに来たときに言ってたみたいだよ」 「す、すごいねこなちゃん。まるで探偵みたいだね」 私は素直に感心した。他の三人も驚いているみたい。 「あんた案外すごいじゃない。みんな、みなみちゃんの家に急ぐわよ!」 再びお姉ちゃんの号令に従って私達は急いでみなみちゃんの家へとむかった。 それにしてもここまで必死なこなちゃんなんて始めて見たよ。 sideかがみ 私達は今、みなみちゃんの家にむかうために電車に乗っている。 それにしてもこなたってすごいわね。こんなに頭がきれるなんてね。 …やっぱりゆたかちゃんが大事なんだ。私にも妹がいるからその気持ちはすごくわかる。 そういえば私が読んでる小説に、ピンチになったら急に頭のきれるって人がいたわね。正確には人だったものだけど。 …さすがにこんなこと考えてる場合じゃないわね。…ゆたかちゃん…大丈夫かな…。 こなたの話を聞く限りふざけているようなそぶりはなかった。それどころかこなたのマジ泣きなんて始めて見た。 それにこなたの話には文句がつけられない。反論できるところが存在しなかった。 電車がみなみちゃんに家の最寄り駅に近づくにつれて私の心臓の鼓動はどんどん高まっていった。 sideひより まさかこんなことになるなんて…小早川さん、どうして私達に教えてくれなかったんだろう。 やっぱり日ごろの行いかな。そう言われると反論なんてできないし。 でも今日の体育の様子から考えるとまだ信じられないよ。あんなに頑張って、すごく活躍してたのに…。 もしかしたらもう時間がないからあんなに張り切って活躍していたのかもしれない。 電車は私達の降りる駅の二つ手前だった。 sideパティ ユタカ…ダイジョウブでしょうカ…。 すごくシンパイでス。せっかくここにキてできたシンユーなのに…それをウシナってしまうなんてたえられません…。 …ミナミはそんなジュウヨウなことをシっていてどうしてワタシタチにオシえてくれなかったのでしょうカ? いくらユタカにクチドめされていたとしてもひどいでス。ワタシタチだってゆたかのシンユーなのに…。 デンシャはワタシタチのオりるエキのヒトツテマエでしタ。 sideこなた 心臓がバクバク鳴ってるのがすごくわかるぐらいに私は緊張してる。 みゆきさんの「でももしかしたらすぐにでも…」って言葉を思い出すたびに私は心が壊れそうな程に締め付けられる。 私は窓の外の景色を見てそれらの気持ちから逃避を試みた。しかし、外に走っている救急車が目に入り、私は咄嗟に目をそらした。 ……怖いよ……。 電車のスピードが落ち始めた。私達の降りる駅に着くようだ。 sideゆたか(inみなみ) みなみちゃんの家に来てもう30分ぐらい経ったかな。 三人で色々話したけど具体的な解決策は全くない。 とりあえず明日にはみんなを集めてこのことを言うっていうのは決まったけど…。 私達ずっとこのままなのかな…。部屋は静けさに満ちていた。 すると下からインターホンが鳴り響く音が聞こえた。 みなみちゃんのお母さんが出たみたい。 「みなみー!田村さん達が来たわよー!」 私達は階段を駆け降りてドアを開けた。 「ゆーちゃん!」 するといきなりお姉ちゃんがみなみちゃんに飛びついた。みなみちゃんは困惑顔に少しばかりの朱を添えた顔をしている。 「み、みなさん、どうしたんですか?」 みゆきさんの驚いた声とともにドアのほうを見てみるとそこには、かがみ先輩につかさ先輩、田村さんにパトリシアさんまでいた。 「岩崎さんどうして言ってくれなたんスか!?」 「そうでス!ひどいですヨ!ワタシタチシンユーなのに…」 私はいきなり田村さんとパトリシアさんから糾弾をうけた。 「別に隠すことなかったんじゃない」 「…そうだよ~」 横では抱きつかれたままのみなみちゃんにかがみ先輩とつかさ先輩が諭すように言っている。つかさ先輩は今にも泣きそうだ。 私はとりあえず皆にみなみちゃんの部屋へ行くように促した。 sideみなみ(ゆたか) 私の部屋には今、私を入れて八人の人がいる。 どうやらみんな私とゆたかを心配して来てくれたようだ。…やっぱりばれてたんだ。 「どうして隠してたの?」 泉先輩が口を開いた。 「あ…えっと…余計な騒ぎを起こしたくなくて…」 ゆたかが答えた。 「私達すごく心配してたんだよ」 「そうでス!」 「別に話してもよかったんじゃない?」 「そうだよ、ゆたかちゃんにみなみちゃん。それにゆきちゃんも」 つかさ先輩がみゆきさんを糾弾した。 「すいません、二人の意思を汲んだつもりでしたが私の間違いだったようですね」 「それで…治す方法は…ないの…?」 泉先輩がつらそうにみゆきさんに質問した。 「すいません。三人で話したのですが私も聞いたことがない状態なので…」 みゆきさんの声が若干しょんぼりしているように聞こえる。 「ゆーちゃん、体は大丈夫なの?」 泉先輩が私に向かって話した……あれ?泉先輩、ゆたかは私じゃなくてあっちなんですけど…。 「…あの泉さん…」 みゆきさんが怪訝な顔で泉先輩に話しかけた。 「何?みゆきさん?」 「泉さん達の言う私達の隠し事はどのような内容なのですか?」 sideこなた みゆきさんが隠し事の内容を聞いてきた。正直ゆーちゃんを問いただしたかったけど、 何だか今のみゆきさんは無視したらやばそうな感じだったので答えることにした。 私が話した後、ゆーちゃんにみなみちゃん、みゆきさんは唖然としていた。…え?どうしたの?何か変なこと言った? 「わ、私が死んじゃうの!?」 みなみちゃんが答えた。 「え?いや死ぬのはゆーちゃん…じゃないの?みなみちゃんじゃないでしょ」 「そ、そういえばどうして今日は岩崎さんが小早川さんの名前で反応して、小早川さんは岩崎さんの声で反応してるの?」 ひよりんが尋ねた。そういえば屋上での会話でそんな事あったような…。 「皆さん、小早川さんは死にません。あなた達は大きな勘違いをしています」 みゆきさんが立ち上がって言った。え?どういうこと? 「実は…」 みんながみゆきさんの声に耳を傾けた。さっきまであんなに騒がしかった部屋は静まりかえっている。 「小早川さんとみなみさんは、今心が入れ替わった状態なんです」 一瞬の静寂が辺りを包み込みその後 「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」 私達五人は大きな声で答えた。 その夜 sideゆたか(inみなみ) 「じゃあね、みなみちゃん、高良先輩」 「またね、ゆたか」 「みなさんさよなら」 日がかなり傾き、辺りは少し暗くなっていた。みなみちゃん達はみなみちゃんの家を後にした。 今私はみなみちゃんの体なのでみなみちゃんの家に泊まることになった。高良先輩も一緒に泊まってくれるので安心できた。 高良先輩が真実を話した後、お姉ちゃん達はすごく驚いていた。お姉ちゃんは私に泣きながら抱きついてきた。 ちょっと恥ずかしかったけど、私は嬉しかった。だってお姉ちゃんが私のことすごく心配してくれたのが痛いほどわかったから。 かがみ先輩はお姉ちゃんに何か言いたそうだったけど、泣いているお姉ちゃんを見て何も言わないことにしたみたい。 つかさ先輩も安心したのか泣いていた。田村さんもパトリシアさんも目に涙を溜めていた。やっぱり皆には話したほうがよかったみたい。 あの時のみんなの様子を見て私は思った。 しかしこの状態を治す方法は結局思いつかなかずに、お姉ちゃんの「明日になったら治ってるよ」の一言でなぜか片付いた。 私はみんなが帰った後、高良先輩とみなみちゃんのお母さんと一緒に晩御飯を食べて、その後一緒にお風呂に入った。 二人で背中を流し合ったりしてすごく楽しかったな。 体育で疲れたせいもあってか、お風呂はすごく気持ちよかった。 …それにしてもみなみちゃんの家のお風呂ってすごく大きいんだね。びっくりしたよ。 sideみなみ(inゆたか) ゆたかとみゆきさんと別れて、私達は泉先輩や柊先輩達、それに田村さんやパトリシアさんと一緒に帰宅の途についた。 「あんたねえ、本当にいい加減にしなさいよ」 「あはは…今回はわざとじゃないし許してよ~かがみん」 「上目遣いしても無駄だっつの」 泉先輩の頭上に拳骨が降り落ちた。泉先輩はうめきながら頭を抱えている。 それを見てつかさ先輩はおろおろし、田村さんやパトリシアさんは笑っている。私もついつい笑顔になってしまう。 「それにしてもこばや…じゃなくて、え~と…岩崎さん…?」 「何?」 田村さんはまだ慣れていないようだ。 「今日一日なかなか大変だった?」 「…大変だったけど、すごく充実してた。いろんな人と話せたしそれに…」 「それニ…?」 隣からパトリシアさんが話しに入った。 「…みんなが私達の事をすごく心配してくれているのがわかってうれしかった」 私は言い切ると恥かしさのあまりうつむいた。 「あはは…」 「トウゼンですヨ!」 田村さんは少し照れ笑い、パトリシアさんは胸をはって言った。…あんまり胸を強調しないでほしい…。 「でも本当に安心したよ」 泉先輩が言った。拳骨からは回復したようだ。 「はい…本当にすいません。迷惑をかけてしまって」 「いやいや、勘違いした私も悪いんだし別にいいよ」 と言って泉先輩は笑った。本当に安心したような笑顔だった。…でも私とゆたかはまだ入れ替わったままなんですけど…。 「でもまだ入れ替わった心を戻す方法はわからないまだだから安心できないよ、こなちゃん」 つかさ先輩、ナイスです。 「大丈夫だって、つかさ。一日経てば元に戻るよ」 どういう理論かわからない。 「それはあんたのギャルゲーの話だろ」 …ギャルゲー…ですか…。 泉先輩にかがみ先輩がつっこみを入れた。何だか面白くて私は笑った。 「…ゆた、じゃなくてみなみちゃんも笑ってる場合じゃないでしょ」 「まあまあかがみんや。私の持ってる漫画に、その姿で自分の望んだ事をやれば元の戻るってのが…」 「だからそれは漫画の話でしょうが!」 かがみ先輩の拳骨が再び快音を響かせた。こういうのを見ているとこのままでも悪くない気がしてくる。 私達は駅に着くたびにバラバラになっていき、最後に柊先輩達が電車を降り、泉先輩と家にむかった。 家に着いた私は泉先輩に続いて朝以来にこの家に入った。確か朝のときはすごく焦って大慌てだったっけ…。 私は家に入り、泉先輩は晩御飯の準備を始めたので私も少なからず手伝った。 その途中に泉先輩が「みなみちゃんはいいお嫁さんになるね」と言ってくれた。 すなおに嬉しかったが父親の前ではゆーちゃんと呼んでくれないと怪しまれますよ。 晩御飯が大体できて来た時泉先輩が何かをレンジで暖め始めた。 「…何を暖めてるのですか…じゃなくて暖めてるの?」 すると泉先輩はにんまり笑って「今日食べそびれたお弁当」と言った。泉先輩の晩御飯の量は二食分だった。 そして晩御飯を無事に食べた私はお風呂に入ることにした。 私が脱衣所に入ろうとすると泉先輩が一緒に入ろうと言っていきなり入ってきて服を脱ぎだした。 私は遠慮したがなんだかんだで一緒に入ることになった。湯船はそれほど大きくはなかったが私達二人が入っても十分に余裕があった。 私達は二人でずっとおしゃべりを楽しんだ。 お風呂から上がった私は泉先輩の部屋で勧められた漫画などを読んでいた…いや読まされたと言うほうが的確な表現なのかもしれない。 それにしてもすごい部屋だと思う。壁にはアニメのポスターが貼られ、パソコンや机の周りにはフィギュアが所狭しと並んでいる。 しかも泉先輩はあきらかに男性が好むようなゲームし始めた。やらないか?と言われたがさすがにこれは断った。 ただ漫画は結構楽しかった。そうしていると私…じゃなくてゆたかの携帯が鳴った。ゆたかからのメールだった。 「こんばんわ、みなみちゃん そっちは大丈夫?こっちはとても楽しいよ。チェリーちゃんもなんだかすごくなついてくれてるしね。 今日は迷惑ばかりかけてごめんね。あとありがとう。明日には元に戻ってるといいね。」 私はそのメールに返事を送って部屋にある時計を見た。もう11時だった。いつもの眠る時間を大幅に過ぎていた。 漫画の続きが気になったが私は泉先輩にオヤスミと言い、部屋を後にした。ていうか先輩受験生ですよね、勉強しないといけないのでは? そう思い、私はもう一度部屋に戻って泉先輩に言った。 すると泉先輩はなんとか話をそらそうとしたが結局はパソコンを消して勉強し始めた。 私はそれを確認してゆたかの部屋に戻り、ベットの上で今日一日を思い返しながら眠りについた。 …が明日の学校の用意を忘れていたことを思い出して明日に必要な教科書をカバンに入れて、もう一度ベットに入り今度こそ眠りに落ちた。 明日には元に戻っていることを祈りながら… 次の日 sideゆたか 「う~ん、よく寝た~」 私は大きくあくびをすると周りを見渡した。…あれ?ここはどこ? 私は部屋を出ると隣の部屋からつかさ先輩が出てきた。すごく驚いたような顔をしている。 「あ、あれどうしてかがみが…?ていうかどうして私はここに…!」 つかさ先輩は何かに気づいて走ってどこかへむかった。私もついていった。 つかさ先輩の向かった先は洗面所だった。そこでつかさ先輩は 「えーーーーーー!私がつかさになってるーーーーーー!」 私も鏡を覗くとそこには予想通り私の顔でなくかがみ先輩の顔が写っていた。 「…昨日よりひどくなってる…」 この私の言葉を聞いてつかさ?先輩が私の方を向いて 「え…それって…、あの一応聞きたいんだけどあなた…誰?」 と聞いてきた。 「えっと…小早川…ゆたか…です…」 「ちょっ!ゆーちゃん!?」 朝の柊家に二人の双子?の声が響き渡った。 sideみなみ 「う…うん…」 私が目覚めるとそこは文字通り私の部屋のベットの上だった。 「よかった…元に戻ってる」 私は安心して横を見た…何で私が寝てるの? そして自分の体をよく確認してみた。長い桃色の髪、そして…大きな胸…これって…みゆきさん…。 「う…みゅぅ……ふわ~~…」 隣で寝ている自分が起きた。 「あれ?ここどこ?…確かみなみちゃん家だっけ?」 まさかこの人も… 「あの、あなたは誰ですか?」 私は尋ねた。 「ふぇ?私はつかさだよ~」 外では小鳥があさから美しい音色でコーラスを奏でている。 私は朝からため息をついた。 こうして私達のさらに奇妙な一日が始まった。
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「うーん…。どれにしよう…」 私は明日の服装で悩んでいた。友達と出かける時はこんなに悩んだことなかったのになぁ。まぁそれというのも、 「あーっ!こんなことなら先輩の服の好み聞いておけばよかったよ~っ」 そう、明日はついに先輩との初デートなのだ。そりゃこんな私でも気合い入りますよっ!だけど困った事が1つあって… 「事前に日にちが決まってたらもっとゆっくり準備できたのに~っ」 デートする事が決まったのが今日なんだよね… 昼休み、私はいつものようにゆたかちゃん、岩崎さんの3人で学食で昼食をとっていた。 「それでねー。…あれ?ねぇ田村さん、あそこにいるのって真堂先輩じゃない?」 「ん?…あ、ホントだ」 「…席、探してるみたい…」 岩崎さんの言うとおり、先輩はあたりを見回しながら席を探してるみたいだった。あ、こっちに気づいた。先輩がどんどん近づいてくる。 「やっほ。田村さん、小早川さん、岩崎さん」 「先輩、こんにちは」 「こんにちは…」 「こんにちはっス。先輩、今からお昼ですか?」 「そだよ。ちょっと黒井先生にこき使われてさ、おかげで席全然空いてないんだ。マジまいっちゃうよ」 「あ、ならここ座りませんか?」 ゆたかちゃんが指した場所は私の隣。 「ありがたいけど…お邪魔しちゃっていいの?」 「いいですよ。大勢のほうが楽しいですから」 「私も…構いません」 「さ、先輩。どうぞ」 「ありがと。そんじゃお言葉に甘えよっかな」 思いがけない形で先輩とお昼を一緒にとることになった。そういえば、付き合い始めてからお昼一緒にとるのは初めてかも。ゆたかちゃんGJっ! それからしばらく、食事をとりながら話をしていくうちに話題が私と先輩の事になった。 「そういえば、先輩と田村さんってもうデートってしたんですか?」 「でっ!?デデデデートぉっ!?」 いきなりの質問で戸惑ってしまった。ふと岩崎さんの方を見ると、興味ありげにこっちを見てた。 「そ、それはまぁ…まだ、なんだけど……」 「そーなんだぁ」 ちょっとガッカリした様子なゆたかちゃん。岩崎さんも心なしかそんな感じだ。そんな2人を見ていたら、不意にさっきから考え込んでたような先輩が口を開いた。 「ねぇ田村さん」 「ん?なんですか?先輩」 「明日暇ならデートしない?」 ……その場にいた先輩以外の時が止まった。そして数秒たってから、 「「え~~~~っ!?」」 私とゆたかちゃんは同時に声を上げていた。さすがの岩崎さんも開いた口が塞がらない様だった。 「んで、どうする?」 ど、どどど、どうするとイワレマシテモッ!私が返答に困ってると先輩は少し不安そうな顔をして、 「もしかして、なんか用事あったりした?」 なんて聞いてきた。私は余計に焦ってしまい、 「いいいいえっ!用事なんて無いです0です皆無ですってゆうか暇すぎて1日中家でゴロゴロしてようかなと思っていた所存でありまうっ!」 なんて意味不明でカミカミな返事をしてしまった。けど、それを聞いた先輩は笑顔になり、 「良かったぁ。それで、改めて聞くけど明日俺とデートしてほしいな」 って言ってきた。私は驚きやら嬉しさやら恥ずかしさやらで顔を真っ赤にしながら、 「…はぃ」 と俯きながら言うので精一杯だった。 それから家に帰ってくるまでのことはよく覚えてない。あんな衝撃発言されたもんだから、私の頭はずっと熱暴走したままだった。落ち着き始めたのは、家に着き、制服を着替え、ベッドに横になってからのことだった。 「明日は先輩とデート…」 口にするだけでまた顔が熱くなってきた。自然と顔がほころんでしまう。 「どこに行くのかなぁ。何するんだろう?もっ、もしかしてそんな事までっ!キャーッ!!」 妄想垂れ流しの状態で枕を抱えベッドの上でゴロゴロ… ゴッ! 壁に激突した。 その衝撃でようやく妄想の中から戻ってきた私は、早速明日の準備に取り掛かり始めた。 まずは服装だ。そう思い勢いよくタンスを開けた……のだが、 「うーん…どれにしよう…」 30分経っても全く決まらない。服装でこんなに迷うなんて生まれて初めてかも。 「あーっ!こんなことなら先輩の服の好み聞いておけばよかったよ~っ」 だからといって今聞くってのもおかしいしなぁ。 「事前に日にちが決まってたらもっとゆっくり準備できたのに~っ」 次第に焦り始めてしまう。も~っ、どうしよ~っ!と、そんな時私の頭にある人が浮かんできた。 「そうだっ!あの人に相談してみよう!」 思い立った私は携帯を手に取り電話をかけた。 「もしもし、ひよりん。一体どうしたの?」 「こうちゃん先輩、実は相談したい事がありまして…」 「ってなわけなんです。」 「おー、ようやく真堂先輩とデートか~。んで、私の力を借りたいと」 「はい。1人だとなかなか決まらなくて…」 「それにしても…」 「?」 「オタク道まっしぐらだったひよりんが、そんな乙女な悩みで連絡をくれるなんてねー」 「こ、こうちゃん先輩…///」 「もしかして、オタクは卒業?」 「いえいえ。先輩はその事を受け入れてくれましたから、それについては変わりなしっス」 「そっか。いい彼氏を持ったね」 「…はい///」 「おっけ!可愛い後輩の為にこの私がひと肌脱ごうでわないかっ!」 「ありがとうございますっ!」 「とりあえず今からうちに来れるかな?服のこととか色々あるし」 「分かりました。今から向かいますね。」 「ん。待ってるよー」 こうして私は長くなりそうな今夜と明日の先輩の笑顔に思いをはせつつこうちゃん先輩の家へと自転車を走らせた。
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「ここです、会長。」 俺が見たのは、どこかで見たことのある家だった。 「ここって・・・もしや。」 田村さんが首を傾げる。 「え?会長分かるんですか?」 「むー・・・泉の家じゃないか?」 泉。フルネーム泉こなた。 正直、あまり関わりあいたくないのだが・・・ オタク等というのは非常に関わりづらい。俺の経験上、まともな会話をした記憶が無い。 「あ、そっか泉先輩のクラスメイトですね、会長?」 「まぁそんなところだ・・・で、何故小早川さんが泉の家に居る?」 「あー、それはかくかくしかじかでしてですね―――」 ふむ・・・なるほど、従妹か。 「んー・・・まぁ折角来たのだし、入るか。」 俺は、インターホンを押した。 ピンポーン・・・・ しばらくして、返答がかかる。 『はい?』 男の人の声がした。俺は挨拶をする。 「あ、すいません私陵桜学園3年の八島幸一ですが・・・」 むー、驚いただろうか。まぁ、あまり面識もないだろうし・・・ プツッ 「―――あれ?」 何か・・・通話の音が切れたみたいな音が・・・ 「・・・もしもし?もしもーし・・・」 返事が無い。ただの――― 「ええいっ!もう同じネタを使っても飽きられるっ!」 「・・・・あのー先輩、私と同じ―――」 「断じて違う!それは神に誓って違う!」 そうだ!俺は仮にも生徒会長!その役に就く俺がこんなに不真面目ではーーーーー! ガチャ 「・・・お?」 玄関が開く音がして、少女が出てきた。 「あれ?八島君だ?」 出た!俺が関わりづらい女―――! いや、まぁ失礼な言い方ではあるのだが。 「どうしたの?ひよりんまで連れて・・・」 「あ、先輩。実はですねー・・・」 田村さんは俺達が来た理由を話し出した。 「へーへー・・・女の子のために・・・ねぇ・・・」 やはり泉は関わりづらい。 ええい、ニヤニヤするんじゃない! 「・・・・そういえば。何でインターホンを切られたんだ?」 ずっと気になっていた疑問を聞いてみた。 「あー・・・それね。お父さんただでさえイライラしてるのに、また男が来たーーって・・・」 「・・・男。」 「うんまぁ・・・とりあえず上がって?私が何とかするから。」 「あ、お邪魔します。」 『男』と言う単語が妙に引っかかるのだが。 俺が家に上がると、明らかにどこかから痛い視線が飛んでくるのが分かった。これは一体・・・? 「なぁ泉。さっきから痛い視線が飛んでくるような気がするのだが・・・」 泉は困った顔をして言う。 「恥ずかしいんだけど・・・お父さん、女の子が大好きな・・・ごめん、言ってて悲しくなってきた・・・」 「ああ・・・うん、俺が悪かった。」 あの親あってこの子あり―――か。 次のページへ
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小一時間経った。 「あ、もうすぐ門限だ・・・私、お暇させていただくよ~」 「あ、うん。」 田村さんはそう言って帰っていった。 「先輩は・・・?」 小早川さんが聞いてきた。 「いや、実はさっき渡しそびれた物があってな・・・今渡して良いか?」 「あ・・・いいんですか?」 「君が構わないならな。」 「じゃあ・・・頂戴します。」 俺は、見舞いの品を取り出した。 「はい・・・こんな物しか用意できなかったが・・・花束だ。」 俺なりに気を使った花だ。決して根付く花なんか持って来てないからな。俺だってそれ位の常識はある。 「わぁ・・・綺麗・・・」 小早川さんは笑ってくれた。ふぅ、案外俺の色の趣味は悪くないようだな。 「先輩、ありがとうございます!」 「うむ、喜んでくれて幸いだ。」 おお、嬉しいな。俺のプレゼントなんかで喜んでくれるなら、いくらでもくれてやるのに。 「あの・・・先輩。」 「む?何だ。」 「あの・・・その・・・朝のことについて謝りたい事が・・・」 んーと、朝?何か問題でもあったか?俺がただ好きで助けただけなのに・・・ 「ひっ、膝枕なんてたのんですいませんでしたっ!」 「膝枕?ああ・・・気にしなくていいって。」 俺も、嬉しかった・・・なんて口が裂けても言えない。 「初対面の方にこんな事頼むなんて・・・変でしたし・・・」 小早川さんは顔を赤くしていた。 「あの、小早川さん・・・」 「あ・・・先輩、一ついいですか?」 「へ?」 「小早川って・・・言い辛いでしょう?「ゆたか」って呼んで下さい・・・」 「・・・いいのか?今時の若者はすぐに妙な勘違いをするぞ?」 俺は別に構わないのだが、今時の若者はすぐに囃し立てる。そう、泉のような。 「・・・勘違いってなんですか?」 恐ろしいほど純粋だな、この子は・・・ 「・・・なんでもない。じゃあ、ゆたか。」 「はい。幸一さん。」 その時、ゆたかも俺を名前で呼んでくれた。 次のページへ
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「田村さん」 放課後、黒髪の少女を呼び止める声一つ。 「……あ、小早川さん」 「この後、暇かな?ちょっと話したい事があるんだけど……」 黒髪の少女、田村ひよりを呼び止めた少女、小早川ゆたかの言葉に、一瞬首を傾げるが…… 「あー、いいっスよ?別に部誌の締め切りも大丈夫だし」 快く了承する。 「それじゃあ、お姉ちゃん……泉先輩の家まで来て下さい」 「わかりましたっス」 頷いて、ゆたかと共に昇降口まで歩き出したひより。 この選択が、後に起こる彼女の不幸を避けるための最後の回避手段であった事を知らずに…… 裏こな☆よめ 『いぬ☆ひよ ~私の性奴隷です←結論~』 「さあ、上がって。今日はお姉ちゃんもおじさんもいないから」 ちなみに、そうじろうは息抜きにアキバへ、こなたは……『こな☆よめ』を参照。そういうわけでひよりが来なければ家にはゆたか一人しかいないことになる。 ゆたかの部屋に案内され、促されて適当な所に座る。……さて、ゆたかの話とはどんなものなんだろうか。 「……田村さん」 「何ですか?」 話を切り出したのはゆたか。ベッドの本体とマットとの間に挟まれた一冊の本を取り出し、ひよりに見せた。 「っ!?」 それは、ひよりの描いた同人誌。……それも18禁の物。何よりも驚いたのは……それがゆたかと彼女の近くにいるある人物をモデルにしている奴だからだ。 「田村さん、この本のキャラって……私とみなみちゃん、だよね?」 いやに、ゆたかの声が冷たく感じる。ひよりは唾を飲み込み、何とか声を出そうとした。 「あ……」 「他にも、私とみなみちゃんなのかな、と思える本がいくつかあったんだ。……いつもいつも、私とみなみちゃんが一緒にいるのを見ながら、こんな事を考えてたんだ?」 ああ、声にある感情が混ざり始めた。……それは、侮蔑。ただの友情を歪んだ目で見ていたことに対する怒り。 「それから、今日は今日でお姉ちゃんと柊先輩で変な事を考えてたよね?」 そう言われ、ひよりは学校の中での出来事を思い返す。 ――言えないっス!『ちょっと泉先輩で妄想してて、夏らしく海で男の人と絡むか、柊先輩と一緒にカラオケに行ってそこからアレな展開にするか迷ってるんだよねー』なんて! ――ああでも私としては泉先輩×柊先輩の方が萌えるし、でも先に出てきた海ネタのほうはちょっとだけプロット書いちゃってるし……! ――いや。男を男性化した柊先輩にして、それで泉先輩と絡ませれば……ダメだ。それだと半分以上を手直ししなければいけなくなるっス。おまけに削る必要のある部分も…… 「……あっ」 もしかして、あの時の妄想が口に出ていた!?真っ青になりながらひよりは自分のやってしまったことを後悔した。 「田村さんって、酷い人だよね……自分のクラスメイトや、その親戚やさらにそのクラスメイトまでそういう風に見てるなんて……」 「あ、あのですね?これには深いわけが……」 「嘘だッ!!」 目の前で本物の『あの言葉』を聞き、ひよりの心臓は後一歩で停止してしまう所だった。 「……これは、お仕置きしなきゃいけないね?それとも、みなみちゃんにこの事を言っちゃおうかな……?」 「っ、ど、どうか、どうかそれだけは!」 「さーて、どうしちゃおうかナー」 原作五巻9ページのようなSっ気を含んだ笑みでゆたかがひよりを見据える。 「何でもします!何でもしますからどうか許してくださいっス!」 ……ニヤリ。ひよりの降伏宣言に、ゆたかの『黒い部分』が粘ついた笑みとなって現れた。 「何でも、って言ったよね?田村さん。じゃあさ、……私の前でオナニーして見せてよ」 「へあっ!?」 突然の、突拍子もない『お願い』に、ひよりは驚きの声を上げた。 「何でもするんだよね?だから、見せて?……田村さんが気持ちよくなっている所」 「……そそそ、そんな恥ずかしい事……」 ゆたかの『お願い』に、原作五巻17ページのように赤面して慌てるひより。 「ほら、おかず、だっけ?そういうのもいっぱいあるわけだしさ?」 「あ、うぅ……」 弱みを握られてる以上、ゆたかの言葉に従うしかない。先ほど見せられたあの同人誌を手に取り、屈辱のショーを始める事にした。 制服のスカートを脱ぎ、下はショーツのみになった後に同人誌をめくる。……開いたページは、ちょうどみなみがゆたかを押し倒してしまうシーンだ。 片手で同人誌をめくり、もう片方の手で自分の秘所を刺激する。 ……まさか、自分の同人誌を使うことになるとは思ってもみなかった……そう考えるひよりの耳に、長い電子音が入ってくる。 泉家に電話だ。 「あ、ちょっと待っててね?」 ゆたかはすぐに電話を取りに行く。……その間も、勝手に指が動いてしまい、軽く息が上がってしまった。 「――うん、やっぱり帰ってこないんだ。……そうだよね。柊先輩達といろいろしちゃうのかな?」 ゆたかが戻ってきた。その手にはコードレスの受話器。……一体どういうつもりなのだろうか。 「あはは、そんなに怒らなくてもいいじゃん、お姉ちゃん。……柊先輩の事、好きなんでしょ?」 お姉ちゃん、ゆたかがそう呼ぶ相手はひよりの知る限りでは泉こなたしかいない。思わずある言葉を口に出してしまった。 「い、泉先輩!助け……ひあっ!」 ひよりの言葉は、身につけたブラジャーごと胸の先端を強く抓られてかき消された。 「……え?田村さんが?気のせいだよー。だって向こうで本読んでるもん」 「あっ、や、やめて!小早川、さん、っ!」 「うん、うん……えー?別に大丈夫だよ。柊先輩の家に泊まって行っても平気だって」 こなたと会話しながらも、片手でひよりの胸をさらけ出し、くりくりと弄るゆたかを見て、ひよりはようやくその思惑を知ることが出来た。 これは、羞恥プレイだ。泉先輩に私のはしたない声を聞かせて、小早川さんは楽しんでいるんだ…… そして、それを理解した直後。ゆたかの手はひよりの秘所に向かう。 「え、あ、やめっ、あひぃぃぃぃっ!!?」 ショーツ越しどころか直接、それも陰核を強く擦られて。ひよりは絶叫してしまった。 「……あ、田村さんが呼んでるから切るね。お姉ちゃん、頑張ってねー」 その後にこなたとの電話を切り、受話器を放り出してひよりの方を向くゆたか。……その顔から表情は読み取れない。 「田村さん……私とみなみちゃんのエッチな事を想像して、こんなになってるんだ……」 擦られる前に行っていた自慰のせい(おかげ?)で、ゆたかの指は一度触っただけで湿り気を帯びている。 「……あなたの舌で綺麗にして、田村さん」 その指をひよりの眼前に突き出し、言い放つ。 先程の強烈な刺激によって、精神を思い切り揺さぶられて朦朧としていたひよりは、素直にゆたかの命令に従った。 「あ……んむ……」 拙い動きながら、ひよりの舌がゆたかの指に付いた自分の液を舐め取っていく。 「おいしい?」 その言葉に、ひよりは小さく首を振った。……その瞬間、ゆたかの顔が歪む。 「……おいしくないの?そっか……ふぅん」 「っ!?っか、いひぃぃっ!!」 字面はやけに平静だが、実際には『ふぅん』の所でひよりの乳首を思い切り抓っている。 「ちょぉっと、お仕置きが必要だね……」 「……あ、や、やだぁ……やめて、ください……」 痛覚によってかすかに呼び戻された精神が、ゆたかの全てを否定する。……中途半端に残る位なら、いっそ自分を失くしていたままの方が良かっただろう。 「ちょっと待っててね?逃げたら……酷いよ?」 まさに『逆らえばお前を壊してやる』と顔に書かれた黒い笑みでそう言われ、ひよりの自意識と共に芽生えた反抗心は霧散した。 誰もいない、自分だけの空間。恐怖は壁に跳ね返り、その波を大きくする。その恐怖に押しつぶされそうになった時。 「お待たせ。……ちょっと時間かかっちゃった」 ゆたかが持ってきたのは、洗濯ばさみと細い紐。 「……う……あ……」 怖い。次に彼女が何をするかわからない。わからないから、怖い。 細い紐を洗濯ばさみのバネ部分にくくりつけ、紐の先端に洗濯バサミがくっついているような形にする。 ゆたかはそれを二つ作った。長い紐の両端に洗濯ばさみがくっついたものと。短い紐の片方に洗濯ばさみがくっついたもの。 「それじゃあさ、田村さん。……服、脱いで」 逆らえない。従うしかないのだ。ひよりはもそもそと制服の上を脱ぐ。 「ぬ、脱いだっス」 「……下着も、だよ」 「は、はいぃ!」 ゆたかの声にかすかな苛立ちを感じ、すぐに下着も取っ払った。そこにゆたかが近付き……ひよりの右手を取り、一本の指に洗濯ばさみをはさむ。 「い……っ!?」 痛い。というか、ありえない。洗濯ばさみって、こんなにはさむ力が強かったっけ……?ひよりは考える。 「コレ、うちの洗濯ばさみの中でも、はさむ力が結構強いんだよ?だから、コレを……」 長い紐の方を持ち替え、二つの指で洗濯ばさみの口を開かせる。それを…… きゅ…… 「っき――」 声が、出なかった。あまりの痛さに、声なき声が漏れる。ひよりの目から涙が滲み出した。 きゅ…… 「かっ、あ――」 今。ひよりの二つの乳首は洗濯ばさみにはさまれている。はさむ力によって先端が押しつぶされ、今にも千切れてしまいそうだ。 「どう?効くよね?……お姉ちゃんの本にあったんだ。こうやってお仕置きする方法が」 無知ゆえに残酷。ひよりは苦痛に顔を歪め、声を出そうと必死に頑張っていた。しかし、生まれるのは掠れた吐息のみ。 「コレでもまだまだ途中なんだけど……凄く痛そうだね、田村さん」 「――っ!!――っ!!」 乳首に付けられた洗濯ばさみを何度も弾かれ、そのたびにひよりは苦悶する。 さて、とゆたかは呟き、ひよりの指をはさんでいた洗濯ばさみを取り…… 「これからが凄いんだよ?気絶しちゃうかもね」 そう言って、ひよりの濡れている秘所を優しく擦る。……その手つきは、ひより自身にとっては嫌な予感しかもたらさなかった。 くち、くち、とゆたかの手が動くたびに水音がする。その音を聞いて、ゆたかは…… 「おっぱいを洗濯ばさみで虐められてるのに、濡れちゃうなんて……本物の変態だね」 哂った。これ以上ない凶悪な笑顔で。そして、その笑顔はこれからやる事が容易に予想できてしまう。 秘所を指で広げ、洗濯ばさみの口をあけさせ……その口は、ある一点を噛んだ。 きゅっ 「――きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」 ひよりの発した、久しぶりの、声。それは懇願でも服従でもなく、ただの悲鳴だった。 「いだいいだいいだいいだいいだいいだいぃぃぃぃぃぃぃ!やめでぇぇぇぇぇっ!ごっ、ごばやがわざぁん!はずしでぇぇぇっ!」 あまりにも強烈、かつ無慈悲。いや……もはやそんな域などとっくに過ぎていた。 「もう、うるさいなぁ。……少し黙ってて」 「あぁぁぁぁむぅっ!?」 叫んでいる最中に突如口の中に何かを押し込まれた。……先程も味わった、自分の味。……ひより自身のショーツだった。 「これで、お仕置きの準備は完了、っと。……さて、と。えいっ」 「んぎぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」 たった、一度。一度だけ最後の一箇所……陰核をはさんだ洗濯ばさみを弾くだけで、ひよりは絶叫する。 「わぁ、凄いよ。このお仕置き、凄く効果があるね」 こん、こん、とわざと洗濯ばさみが当たるように手を動かし、ひよりの秘所を弄る。 「ぐぁっ!がぅっ!ぎひっ!うぅっ!」 その度に悲鳴を漏らし、その声を聞いてゆたかは陶酔した。 「田村さん。田村さんのここ、こんなにとろとろだよ?……はさまれて気持ちいいんじゃないの?」 その質問に、ひよりは勢いよく首を振……ろうとしてやめ、小さく顔だけで首を振った。 「ふぅん?……じゃあ、外してあげるね」 ひよりは、ゆたかの顔に恐怖と、そしてこれから最悪の展開が起こる事を見てしまった。……とても楽しそうに、哂っていたのだ。 そして、ゆたかは何故か洗濯ばさみに付けた紐を手にとっている。……これで気付かないほど、彼女も馬鹿ではない。 「んう、うぐっ……ぷはっ!や、やめて!お願いだからそれは――」 何とかショーツを吐き出し、ゆたかに言葉を紡ごうとした瞬間。 「そーれっ、外れろー」 楽しそうに、勢いよく紐を引いた。 パチパチパチッ ほぼ同時に、三つの洗濯ばさみは外された。 「ッッ――――!!!!」 瞬間。脳が焼ける程のダメージが電気信号となってひよりの中に叩き込まれた。 「あははは、田村さんもこれで反省した?……田村さん?」 相手の名を呼ぶが、反応はまったくない。……完全に光の消えた目と、うつろに開いた唇、そして…… 「あ、もう!高校生にもなってお漏らしなんてー」 意識の消滅による、失禁。あまりの衝撃に、ひよりは壊れてしまったのだ…… *** *** あれから数ヶ月。一時期はどうなる事かと思われていたが、ひよりの精神も何とか回復し、日常生活を送れるまでにはなっていた。 「うー……」 「……どうしたの?具合、悪いの?」 机に突っ伏して唸っているひよりを見かねたのか、みなみが話しかける。 「……っ、いや、何でもないよ?」 それに気付いたひよりが慌てて身体を起こし、手を振る。……訝しげな表情でみなみがひよりを見るが、あははは……と笑ってごまかすばかりだ。 「……ちょっと、保健室でも行こうかな」 そう言って、ゆたかは立ち上がった。その声にひよりはピク、と反応する。 「付いていこうか……?」 「ううん、大丈夫。……田村さん。田村さんも具合が悪そうだし一緒に行こうよ」 「あ、私は……ッ!」 言葉を発しかけたひよりが突然身体を大きく震わせた。 「……う、うん。岩崎さん、私が付いてる、から……大丈夫だよ」 やけに声がたどたどしい。それを疑問として口に出す前に、二人は教室から出て行った。 *** *** 「ひあぁぁぁっ……!あ、あうぅぅぅっ!」 保健室の個室にて、誰かの悶える声がする。……中にいるのは、ひよりとゆたかだ。 ひよりは制服を脱ぎ、身に着けているものは靴下と上履き……そして、両乳首と陰核にはさまれた鰐口クリップと、膣内に仕込まれたローターの受信機。 「どうだった、田村さん。こうやって学校の中で乳首とかクリトリスに電気流し込まれて、さらにローターなんか入れられて」 「も、もう……ダメ……ぇ……ダメだよぉ……」 ひよりの瞳には光が宿っておらず、口からは涎を垂らし、完全に快楽の虜になっていた。 ……あの一件によって、ひよりはゆたか専用のマゾ奴隷となってしまったのだ。 「あ、あぁ……ゆたか、さまぁ……お願いです……とっ、とどめをぉ……」 「……まったく、しょうがないメス狗だね?田村さん……ひよりは。はい、最大出力」 ローター、電流の出力を一気にフルにまで上げてやると、ひよりは全身で痙攣し、叫んだ。 「あかはぁぁぁっ!ひ、ひより、ひよりはゆたか様の犬ですぅぅぅぅっ!きゃうぅぅぅぅんっ!きゅぅぅぅぅんっ!」 「あははははっ、今日も凄いイキっぷりだね、ひより!」 舌を出し、情けない顔で絶頂を迎えるひよりを見ながら、ゆたかは自分の秘所を熱く濡らしていた。 コメントフォーム 名前 コメント 怖いですネ(^_^; -- 名無しさん (2009-02-08 17 37 12) 続編キボンヌ -- ワンブリッジ (2008-07-21 23 28 58) ゆたか、ダーク過ぎ! -- 名無しさん (2008-07-21 20 04 20)